Mother Teresa -come be my light-
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。今年もマイペースに洋書を読んでまいりたいと思います! このブログでまた多くの方々にお会いできるのを楽しみにしています。本年もよろしくお願いいたします(*^-^*)。
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Mother Teresa: Come Be My Light : The Private Writings of the "Saint Of Calcutta" (Doubleday) 著者:Mother Teresa ページ数: 404ページ 作品区分: ノンフィクション ―― マザー・テレサのようになりたい。 そう言える人を私は尊敬する。 ずっとマザー・テレサという人に関心があった。以前にもこのブログで彼女の言葉を紹介させてもらったことがあるが、マザーの言葉には、何度も自分の歩む道を軌道修正してもらったり、足の止まりそうな坂道で背中を押してもらった。 マザー・テレサは、その一生を「最も貧しき人々」のために捧げた。インドのカルカッタに「死を待つ人々の家」をつくり、貧しくて道端で死んでいくしかない人々の最期を看取った。1979年にはノーベル平和賞を受賞している。神の声にしたがい、教会を離脱してまで、貧しき人々を救う活動を始めることを決めている。 道端で放っておかれたまま、死を待つしかない人々。 傷口には虫がわき、苦しみでうめき声をあげ、目はにごり、 確実に死に近づきつつある臭いがする人々。 その人々を救う立場にある自分たちでさえ、一日をしのぐためにぎりぎりの生活をしなくてはならない。 マザー・テレサたちは時に物乞いさえしたという。 マザー・テレサのようになりたい、と私は言うことができない。 そう言うには、私はエゴが強すぎる。 雨風がしのげる家が欲しい。 毎日お腹いっぱいご飯を食べたい。 それだけではない。 居心地のよいソファーと美味しいコーヒー、大好きな本に、美しい音楽、にぎやかな街にも出かけたいし、おしゃれもしたいし、テレビも見たい。 私のように、ちっちゃなことに毎日ぶんぶん振り回されている人間とは、マザー・テレサは違う世界に住む人間なのだと思っていた。 この本は、会社では彼女の上司にあたるのであろう教会の大司教に宛てた手紙等で構成されている。現在「マザー・テレサ・センター」の所長もされている、神父であるBrian Kolodiejchukという人が編集と解説をしている。が、この本には私が期待していたような彼女の言葉は見受けられない。
そう、この本はマザー・テレサの"darkness"の記録なのである。 1946年の9月、彼女は神の声を聞き教会を離脱して、神の道具、神の鉛筆となって、貧しい人々を救う活動をはじめることを決意する。ともに働くシスターたちは、マザー・テレサがいつも微笑みを絶やさず、理性を保ち、常にシスターたちをひっぱってくれる存在であったことを明かしている。 しかし、彼女の心には出口の見えない闇がとぐろを巻いていた。
マザー・テレサは、神に見放されて、一人ぼっちで暗闇のなかを歩き続けていた。神に愛されていないという孤独感。それは、どんなにか辛い時間であることだろう。 私たちは信仰を持たなくても、誰でも似たようなひと時を持ったことがあるのではないだろうか。真夜中にふと目を覚ます。自分が意地悪をしたこと、いやな気持ちになったこと、深く傷ついた言葉を思い出す。この世界に自分のことを気にかけてくれている人なんているのだろうか。愛されてなどいないのではないか。自分のやっていることは全部空回りで終わってるんじゃないか。どこかで笑われてるのではないか。誰かに憎まれてるのではないか。自分が生きている意味なんてないんじゃないか…。 マザー・テレサは"darkness"を抜け出すことができたのか。 いや、抜け出せなかった。 抜け出さなかった。
闇を闇ごと引き受ける人生。 この本は、いつも読んでいる小説とは違って、正直に言ってしまうと時として退屈なところもあったりして、少しページをめくるのがしんどいときもあったけれど 読んで良かったなあと思う。 マザー・テレサのようにはなれないけれど、 マザー・テレサのようになりたい、と心から言える人間になりたいと思えたから。 最後にこの本にはないが、私の好きなマザー・テレサの言葉を紹介させてもらおうと思う。この本を読んだ後に、この言葉を読むと、マザー・テレサの静かな微笑みが頭に浮かんできて、何だかじーんとしてしまった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。皆さんにとって、今年いちねんが幸せいっぱいの年となりますように! |
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