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ヴェイユの言葉

シモーヌ・ヴェイユの名前をなぜ素通りしてしまっていたのか、今ならよく分かる。
人間としてあまりにも未熟であるために、引っかからなかった。
向こうが一生懸命呼びかけてくれても、応えるだけの器を持ち合わせていなかった。

この世で不幸な人びとに必要なのは、かれらに注意を払うことができる人間である。
ところが、この能力は稀有である。奇蹟といってもよいほどに。それはまさしく奇蹟である。
この能力を有すると自負する人間の大半はこの能力に欠けている。”

”まったき隣人愛とは、「あなたを苦しめるものはなにか」と問うことに尽きる。”

ヴェイユが亡くなった年齢をとっくに超えた私が、やっと気がついた彼女の言葉。

周知のことだが、もちろん人間の実年齢は当てにならない。
年齢は重ねていっても、成熟には程遠い私のような人間がいる。

私が、ヴェイユの言葉にやっと耳を傾けられるようになったのは、娘と病院で生活してから。

医者も看護師もスタッフの方々も、同じように入院している子どもの母親も、
その多くは「何かお困りのことがありませんか」という(本当の)姿勢を忘れないで生きていた。

それがいかに人間を救うかを身を持って体験した。

”絶対的に純粋な注意力、もっぱら注意力でしかない注意力は、神へと向けられた注意力である。
神は注意力なきところに存在しな
いのだから。”

しかし何と言っても、子供たちである。小児科病棟に入院している子供たち。
ヴェイユの言う”注意力”そのものが、あの子供たちにはあった。
そのあまりの美しさに、私はただ頭を垂れる。
実年齢やあるいは精神年齢と呼ばれるもののその奥に、確かにたましいの年齢というものがある。

私はせいぜい地面にうつむくその頭を少しでも上げて、もたもたと要らない荷物をひきずりながら
歩き始めるしかない。

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S・ヴェイユ 冨原 眞弓

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今、娘の心の中には、赤くて、あまずっぱくて、可愛くて、小さい妖精が住んでいるそうです。
その名もいちごちゃん。
あまりにも好きなので、心に住んでしまったそうで、お腹がすくと心でいつでも食べられるそうです。

もちろんそれだけでは足りなくて
スーパーに行くと、イチゴ売り場から動きません。
しかし高い! こんなの毎回買っていたらうちは破産です。

いちご味のチュッパチャップスでゴマかしちゃおうと、お菓子売り場に引っ張っていくと、
娘はこころのいちごちゃんもどこへやら、

「⚪︎ちゃん(自分の名前)、これが欲しいなー」
見ると、しろくまのぬいぐるみの写真が載っている箱(ガムが一つついている)
お値段、なんと、560円!

いちごちゃんより高いって!

⚪︎ちゃん、今日、ママお金ないんだー。これは高くて買えないから他のにしようか
「やだーやだーこれがいいー」
大好きな牛乳、買えなくなっちゃうなあ。
「いいよー。⚪︎ちゃんガマンする」
あ、ママ、そしたらお金なくなっちゃって、毎日働きにいかなくちゃいけないなあ。
⚪︎ちゃんひとりでお留守番になっちゃうけどいいのかな?
「⚪︎ちゃん、がんばるよ! ママ働いていいよ」
く……。この手はもう通用しないか…。
とにかく、今日はお金ないからダメー
結局泣きわめく娘を抱え、牛乳をつかむとレジに並ぶという力技に…。
最後に「ママオバケー出たー!」と大声で叫ばれ、周りの人に笑われる始末。

帰り道の公園に寄ると、娘の涙は乾いている様子。
大きな木に何やら手を合わせています。(最近、お祈りが流行中)

「今度、あのしろくまちゃんが買えますように、なーむー」
「あと、いちごちゃんも買えますように、なーむー」
「あ、それから、パパとママと⚪︎ちゃんが今日も元気に楽しくくらせますように、なーむー」
「あ、それと、おじいちゃんとおばあちゃんもおねがいします、なーむー」
「あ、それから、しんせきとともだちとパパのともだちとママのともだちと、それから…」

後ろで
「しろくまちゃんがスーパーから撤去されますように、南無ー」
「娘の心からいちごの妖精が去りますように、南無ー」
と、鬼ばばのような言葉を心で呟く私。

かみさま 娘を この子を どうかお守りください
お守りください 南無ー

何度繰り返したかわからない祈りを、そっとつけたす鬼ばばなのでした。


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