« 2014年1月 | トップページ

ヴェイユの言葉

シモーヌ・ヴェイユの名前をなぜ素通りしてしまっていたのか、今ならよく分かる。
人間としてあまりにも未熟であるために、引っかからなかった。
向こうが一生懸命呼びかけてくれても、応えるだけの器を持ち合わせていなかった。

この世で不幸な人びとに必要なのは、かれらに注意を払うことができる人間である。
ところが、この能力は稀有である。奇蹟といってもよいほどに。それはまさしく奇蹟である。
この能力を有すると自負する人間の大半はこの能力に欠けている。”

”まったき隣人愛とは、「あなたを苦しめるものはなにか」と問うことに尽きる。”

ヴェイユが亡くなった年齢をとっくに超えた私が、やっと気がついた彼女の言葉。

周知のことだが、もちろん人間の実年齢は当てにならない。
年齢は重ねていっても、成熟には程遠い私のような人間がいる。

私が、ヴェイユの言葉にやっと耳を傾けられるようになったのは、娘と病院で生活してから。

医者も看護師もスタッフの方々も、同じように入院している子どもの母親も、
その多くは「何かお困りのことがありませんか」という(本当の)姿勢を忘れないで生きていた。

それがいかに人間を救うかを身を持って体験した。

”絶対的に純粋な注意力、もっぱら注意力でしかない注意力は、神へと向けられた注意力である。
神は注意力なきところに存在しな
いのだから。”

しかし何と言っても、子供たちである。小児科病棟に入院している子供たち。
ヴェイユの言う”注意力”そのものが、あの子供たちにはあった。
そのあまりの美しさに、私はただ頭を垂れる。
実年齢やあるいは精神年齢と呼ばれるもののその奥に、確かにたましいの年齢というものがある。

私はせいぜい地面にうつむくその頭を少しでも上げて、もたもたと要らない荷物をひきずりながら
歩き始めるしかない。

ヴェイユの言葉 (大人の本棚)ヴェイユの言葉 (大人の本棚)
S・ヴェイユ 冨原 眞弓

みすず書房 2003-11-26
売り上げランキング : 514720

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


cake cake cake
今、娘の心の中には、赤くて、あまずっぱくて、可愛くて、小さい妖精が住んでいるそうです。
その名もいちごちゃん。
あまりにも好きなので、心に住んでしまったそうで、お腹がすくと心でいつでも食べられるそうです。

もちろんそれだけでは足りなくて
スーパーに行くと、イチゴ売り場から動きません。
しかし高い! こんなの毎回買っていたらうちは破産です。

いちご味のチュッパチャップスでゴマかしちゃおうと、お菓子売り場に引っ張っていくと、
娘はこころのいちごちゃんもどこへやら、

「⚪︎ちゃん(自分の名前)、これが欲しいなー」
見ると、しろくまのぬいぐるみの写真が載っている箱(ガムが一つついている)
お値段、なんと、560円!

いちごちゃんより高いって!

⚪︎ちゃん、今日、ママお金ないんだー。これは高くて買えないから他のにしようか
「やだーやだーこれがいいー」
大好きな牛乳、買えなくなっちゃうなあ。
「いいよー。⚪︎ちゃんガマンする」
あ、ママ、そしたらお金なくなっちゃって、毎日働きにいかなくちゃいけないなあ。
⚪︎ちゃんひとりでお留守番になっちゃうけどいいのかな?
「⚪︎ちゃん、がんばるよ! ママ働いていいよ」
く……。この手はもう通用しないか…。
とにかく、今日はお金ないからダメー
結局泣きわめく娘を抱え、牛乳をつかむとレジに並ぶという力技に…。
最後に「ママオバケー出たー!」と大声で叫ばれ、周りの人に笑われる始末。

帰り道の公園に寄ると、娘の涙は乾いている様子。
大きな木に何やら手を合わせています。(最近、お祈りが流行中)

「今度、あのしろくまちゃんが買えますように、なーむー」
「あと、いちごちゃんも買えますように、なーむー」
「あ、それから、パパとママと⚪︎ちゃんが今日も元気に楽しくくらせますように、なーむー」
「あ、それと、おじいちゃんとおばあちゃんもおねがいします、なーむー」
「あ、それから、しんせきとともだちとパパのともだちとママのともだちと、それから…」

後ろで
「しろくまちゃんがスーパーから撤去されますように、南無ー」
「娘の心からいちごの妖精が去りますように、南無ー」
と、鬼ばばのような言葉を心で呟く私。

かみさま 娘を この子を どうかお守りください
お守りください 南無ー

何度繰り返したかわからない祈りを、そっとつけたす鬼ばばなのでした。


告白の欲望

”告白の欲望はともすれば直ちに製作衝動と間違えられる。
もとより体験の告白を地盤としない製作は無意義であるが、しかし告白は直ちに製作ではない。
告白として露骨であることが製作の高い価値を定めると思ってはいけない。
けれどもまた告白が不純である所には芸術の真実は栄えない。
私の苦しむのは真に嘘をまじえない告白の困難である。
この困難に打ち克った時には人はかなり鋭い心理家になっているだろう。
今の私はなお自欺と自己弁護との痕跡を、十分消し去ることができない。
自己弁護はともすれば浮誇にさえも流れる。それゆえ私は苦しむ。真実を愛するがゆえに私は苦しむ。”

告白の欲望。
和辻哲郎のこの文章に出会ったときから、私の頭から消えない”告白の欲望”。

言葉を手にしたからには、誰かに知ってほしい、聞いてほしい、見てほしい。
どんなに孤独であっても、それが自分のための日記であっても、言葉を発すればそれは誰かへの告白なのだと思う。
それなら自慢や自己弁護のない純粋な告白はあるのか。

”私が苦しむのは真に嘘をまじえない告白の困難である。”
”今の私は自欺と自己弁護との痕跡を、十分消し去ることができない。”

”真実を愛するがゆえに私は苦しむ”

真実なんてどこかへ吹き飛ばし、私の、自分の、この気持ちを届けたいなどと
確信犯の物言いをしているうちは、苦しみからは程遠い。
むしろ、ぺらぺらのカタルシスに満足した一人相撲の横綱は、
穴に落ちたことも気づかずに勝った気でいるのだ。
知らないことを自覚していない人間の、その恐ろしさ。


私は苦しめているだろうか。


偶像再興・面とペルソナ 和辻哲郎感想集 (講談社文芸文庫)偶像再興・面とペルソナ 和辻哲郎感想集 (講談社文芸文庫)
和辻 哲郎

講談社 2007-04-11
売り上げランキング : 841274

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

→こちらの『生きることつくること』という一編に含まれています。
青空文庫にも、入っています。

snow snow snow
人生のなかで、ほとんど初めてと言っていいくらい、本を読むことから遠ざかっていました。
時間がなかったというより、そういうことに心が向いていかなかったからです。
本を読むことには気力と体力がいるというあまりにも基本的なことを思い知りました。

スカイダイビングや陶芸などと比べると、読書は気軽な趣味に入るかもしれないけれど、
好きな読書をこつこつ続けられる体と心をつくっていきたいと思っています。
でも、具体的にはどんなことしていけばいいのか…。
たましいの器である体も、たましいに繋がる精神も、鍛えていかなければいけないなあと思っています。

もうあの靴は履けない

一年余りの娘の入院生活の中で私は、今を生きる、という感覚を体で覚えたような気がする。

「目の前の一日をよく生きると、それが明日へつながっていく」ということなどは、
もうさまざまな啓蒙書まがいの本で耳にタコの言葉なのだが、それは何と本当のことなのだ。

抗がん剤の点滴が終わり、小坊主みたいな娘(副作用で髪の毛がぬけるため)が、
ベッドの上でぴょんぴょんはねながら大きな声で歌をうたっているのを見ると
つい私の口元はゆるみ少し幸せを感じてしまう。

白い建物のなかで外に出ることもめったにかなわず暮らしてきた私と娘だが、
退院したあと、世界はどのように見えたかといえば、ただただ同じ風景が広がるばかりである。
色彩をもった町が急にモノクロームに沈むことはなかった。

娘はあっという間に公園の遊具に慣れ、そこでにわか友達を作ることに躊躇もなく、
そういう娘を同じ年頃の子供たちは、たとえ生え始めた髪が女の子にしては異様に短くても、
こちらが拍子抜けするくらいにすんなり受け入れ遊び始めるのだ。

私はといえば、娘のかんしゃくにイライラする自分を抑え、
これで幼稚園は大丈夫かしらと気を揉み、終わることのない家事に少し疲れながら
以前と同じ日々を乗りこなしていく。

けれど、ふと地面がきしむ音がする。
地面がぐにゃりとずれた狭間にひとりだけスッと入りこむような感覚におそわれることがある。
分かっている。
多少の頓着はあっても邪気なく履いていたあの頃の靴はもうはけないのだ、確実に。
今の足に合う靴は、この世界のどこを歩くのだろうか。
少なくとも今、歩いている『ここ』だけは、有る。
それがどこに続くのかは、今の歩みが決めるのだ。

clover clover clover

大病をわずらう子供をもつ母親は、命さえあればと祈るような気持ちで毎日を送るわけですが、
それでも腹が立つときは腹が立つものです。
治療では苦い薬を一日に何度か飲まなければいけません。
小さい子が涙目で飲んでいる姿に、全く心が動かないとは言いません、
言いませんが……

「薬がんばって飲んだからーチョコちょうだい」←娘
そうだよねーえらかったよねーはいどうぞ。←私
「もう一個ほしくなっちゃったーえへへ」(と可愛く笑う)
これで最後だよ。はいどうぞ。
「チョコは食べたけどークッキーはまだだよねー」
もう夜だから、今度にしようね
「やだーやだーお薬がんばったもん」(泣きまねの準備のため口がへの字に)
「… …。」
じゃあ、ひとつだけだよ。ひとつだけでおしまい。指切りげんまんだよ。
「えーどうしてー?」(涙は出ない泣き顔)
「(怒)」
「あ、ママー、ホットミルクよろしくねー」(泣きに失敗、作戦を変える)
((怒)(怒)」
「あと、何だかミカンもたべたくなっちゃったーひとつだけー」
「(怒)(怒)(怒)」
「ママーホットミルク、早くしなさい!」(ママの口調そっくりの命令形)
「いいかげんにしなさい!」

少なくとも私は広い心を持つ聖母にはなれませんでした。
ほんと、女の子の口の達者さ、恐るべし。

人生とは分からないものである

子どもがガンだと知ったとき、私は自分を責めた。自分の子育てに問題があったのだろうか、何かよくないことをしてしまったのだろうか、と。
あるいは、運命をのろった。どうしてうちの子だけが⁉︎、みんな元気に外を遊びまわっているのに、と。

ということは全然なかった。
子どもがガンだと知ったとき、わたしは「来たか」とぼんやり思っただけだった。
不安や心配がないと言われれば、嘘になる。冷たく大きな鉛で体がつぶされていくようだった。

けれど、やはり「来たか」という思いだけしかなかったとしか言いようがない。
涙は出ない。出す余裕はない。

はじめはふくらはぎのあざだった。
数個できており、その他に内出血のような小さな点も見られたので、近所の病院へ行った。
そんな神経質になることはない、子どもだから多少のあざはできるでしょう、となだめるような笑顔で医者は言った。

2、3日後に、私は隣り町の小児科まで赴いた。なぜか胸がさわぐ。気になった。
受診したその日のうちに、大きな病院を二つまわり、娘の病気が判明したのだった。
だから、そのあいだに親である私が徐々に覚悟を決めていったのかもしれない。
しかし、その日から戻ってくることのない家には、朝ご飯の食器が洗わずに置かれていたし、
ぬれたまままの洗濯物をカゴに入れっぱなしだった。
ということは、私は帰るつもりでいたということか。
朝一番に診察を受け、どんなに混んでも午前中には戻れるから、家事はそれからでいいや、と。

使い古された言葉だが”人生とは分からないものである”。
使い古されるのはそれが真実により近いからである。


娘の病気は、かかる確率の大変低いものだった。
私の「来たか」は、過去の原因を探っても仕方が無いと言い聞かせるためのものでしかない。
今から先を見つめるしかなく、とても受け止め切れそうもないこの事実を試練として受け止めようとした「来たか」。
悟ったわけではない。きれいごとではない。防御だった。

こうして、娘と私の一年余りの入院生活が始まる。
娘は二歳半だった。地面が大きく揺れ、たくさんの人が飲み込まれ、見えない汚染に日本がおびえた年のことだった。

apple apple apple

今、娘は私の電動自転車の後ろに乗り、公園にショッピングモールにお出かけするのがお気に入り。
四歳って本当は体力あるんですね。昼寝しないのねwobbly
親の私がヘロヘロです。
電動自転車でこんなに疲れるんだから、普通のママチャリだったら、私の体はどうなっていたか…

冬の北風が身にしみるのも、生きていればこそ、と言い聞かせながら、そしてあわよくば痩せるといいなと思いながら、ひたすらペダルをこぐ毎日です。

« 2014年1月 | トップページ