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ここにはああいう人しかいない

短編集『アメリカの鳥たち』の作者紹介には以下のようにある。(一部抜粋)

”ローリー・ムーア 遊び心のある洗練された言葉で、都市生活の男女の機微をシニカルに、ユーモラスに描き、絶賛を浴びた。本書に収録された「ここにはああいう人しかいない」では、我が子がガンに冒された経験をもとに小児がん病棟を描き、新境地を開いた。”

彼女の子どもがまだ赤ん坊のときに腎臓癌が判明し、病院で手術をし、退院するまでのこの話は、しかしお涙頂戴のメロディは聞こえてこない。

”陳腐なアドバイスに従って生きよう。一日ずつ生きましょう。ポジティブな態度で生きましょう。ハイキングに行きましょう。有益で真実で興味深いことがもっとあればいいのに、と思う。だが今は、有益で真実なのが退屈なことばかりらしい。一日ずつ生きましょう。少なくともわたしたちには健康があります。陳腐。見えすいている。一日ずつ生きる。そんなことに脳みそは必要なのか?”

子供は親の心などどこへやら、病院を気に入っている。
彼女もまた、他の親と同じく「スウェット」を履き、ラウンジでしばし休憩をとる。

”なんとか乗り越える。それがここの人たちのやりかただ。彼らの生き方にはある種の勇敢さが感じられるが、じつは勇敢さとは異質のものだ。それは自動的で、ひるむことを知らず、機械と人間の混ぜ合わさったもので、消耗が激しく議論の余地のない義務だ。互角の相手と壮大なチェスの対戦をするように、一手一手病気に挑んでいるにすぎない。”

とにかく前に出たり挑戦のためにしかけることはせず、その場をしのぐ。乗りきる。そうきたら、こうする。ああ来たら、こうやる。
毎日、毎日、その繰り返しを積み上げていく。

夫は彼女に「記録をつけろ」と言い、ローリー・ムーアはこの物語の最後に、”これが記録だ”と書いている。

しかし、同時にこのような記述がある。

”旅行と旅行物語はつねに別物だ。語り手は家から出ない。それなのに旅人の口にその口を押しつけ、口を無理やり動かし、口に語らせる。語れ、語れ、語れ。ある場所を訪れた人が、その場所について語ることはできない。見ることと語ることを、すべてひとりでこなすことはできない。”

ローリー・ムーアは、フィクションを描いた。
そしてその物語は、不思議と私を励ます。
決して明るいとは言えない題材にもかかわらず、励まされるということが起こるのだ。
本を読んできてよかったと思う。

アメリカの鳥たち
アメリカの鳥たちローリー ムーア Lorrie Moore

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約5年ぶりのブログ、あまりにも離れていて忘れていることがたくさんweep
まずはブログにログインできない、本の画像を貼り付けできない、文章がすらすら出てこない。
昼は娘と遊んでへとへと、夜は溜まった家事もこなせず娘と一緒に寝入り、朝は娘に起こされる始末、
何よりも時間がない!

それでも、子供も四歳ともなると、ほんのわずかな時間、手が離れることはあるんですねーbleah
その細切れ時間を、使う。というか、それしかないsign03

誰に頼まれたわけでもないのに、それでも何とか言葉にしたいこと。
それを手探りしながら、集めて整えてかたちにできたらと思っています。


ブログを再開します!

約5年ぶりにブログを再開します!
遠い昔に書いていた、私のブログ、今読み返してみると
自己嫌悪を通り越して、何だか「あの人、うらやましい」という感じです。

でもやっぱり、変わらないこと。

”本を手に ゆっくり歩こう 道はつづく”

このブログに訪れてくださった数少ない貴重な皆々様と、また文章を通して交流できたら嬉しいですwink

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