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お鳥見女房

お腹が大きいことを理由に、日中からソファーでゴロゴロして、WBCを観戦している今日この頃ですcoldsweats01。プロ野球のナイター観戦は必須、高校野球が始まると半日テレビをつけっぱなしにしていたうちで育ちました。最近は夫の影響で、サッカーやバスケ、アメリカにいたころはアメフトまで観戦するようになりましたが、やっぱり野球が一番身近なスポーツですheart04。日本がんばれsign03

自分が運動オンチなので、余計にそうなのかもしれませんが、スポーツに取り組む人の姿には、本当に(すぐに)感動します。いくら言葉を駆使しても届けることのできない、人間の素晴らしさをスポーツに関わる人たちは、たくさんの人々の心に響かせることができるような気がします。真剣に勝負に挑む選手やそれに関わる人たちを見ていると、人間は善きものであることを、真っ向から信じたくなります。

そしてこちらも『人間は善きものである』ことを信じたくなる読後感の良い作品でした。

お鳥見女房 (新潮文庫) Book お鳥見女房 (新潮文庫)

著者:諸田 玲子
販売元:新潮社
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主人公の<珠世さん>は、矢島家の女房。長女は嫁いだものの、三人の子供たちと退職した父親と暮らしています。この矢島家は、代々『御鳥見役』というお役目を勤めているそうです。どんな仕事をするのかというと、将軍の鷹狩のために雀を捕獲する、鳥の生息状況を調べるなど。でも実は実は、幕府の『裏の任務』も請け負っているのです。この裏の任務に<珠世さん>の夫はつくことになり、家を空けることになります。

夫に代わり、一人で家を切り盛りする珠世さんのもとに、子供5人をひきつれた浪人風の男と、なにやら事情を抱えていそうな剣の腕の達者な女の子が居候することになります。

この作品には、時代ものにありがちの斬った斬られたという話はほとんど出てこないです。縁あって自分と関わった人たちの心を少しでも明るくしようと努める珠世さんの物語だからです。

7つの話が収められている連作集なのですが、どの話でも、心が温かくなり、たとえ「悪役」が出てきたとしても、そんな登場人物たちも含めてみな、人間てやっぱり善きものなのだなあと信じたくなります。

珠世さんは人の心を思い、何よりも人の『善』を信じます。世の中そんなにうまくはいかないよ、と言いたくなる私でしたが、この本を読んでいるうちに、珠世さんのように人の『善』を信じる強さが自分にないだけだと気がつきました。そして、人の心を思い信じる人間の周りには、きっと善い人達が集まるのだろうということも。

向田邦子さんの妹さんである、向田和子さんは、あとがきにこんな言葉を寄せています。

珠世さん、親友になりたいんです。

私も、善い人達が周りに集まってくる珠世さんのように、人の『善』を信じる強さを持ちたいと思いましたconfident

こちらの本は、私のお気に入りブログ、雫さんの『Drop's Happy Reading Day 』で知りました。洋書はもちろんのこと、和書も素敵な本がたくさん紹介されています。雫さん、ありがとうございましたshineにほんブログ村 本ブログへ

引き受ける

ほとんど動物的な衝動で『絵本』を読みたいと思った。後づけでいくらでも理由はひねり出せるけれど(妊婦だからとか)、あれこれの理屈は置いておいて、体が求めているというのが一番しっくりした理由である。

子供のころ絵本を穴があくほど見つめていた(読んでいたというより)ときの、わくわくした気持ちを思い出した。活字は多いほど良いと思っていた私の変化。こういう自分も面白いなあと思う。

ルピナスさん―小さなおばあさんのお話 Book ルピナスさん―小さなおばあさんのお話

著者:バーバラ クーニー
販売元:ほるぷ出版
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表紙の絵にまず吸い込まれる。海の青、丘の若草色、丘の上に一人立つルピナスさん。

温かく優しい色使い、ルピナスさんの顔をすっと上げた立ち姿、同時にそれらとは相反したある気配がそこにはきちんと塗り込められているのを感じる。言葉にすればそれは、寂しさとか辛さとか苦労とか、そうやって表現されるものなのかもしれない。バーバラ・クーニーの絵には、言葉という表現で区切られて取りこぼされてしまった、あいまいな『気配』というものがきちんと描かれているように思う。

このお話は、ルピナスさんと呼ばれる小さなおばあさんの、アリスと呼ばれる少女時代からルピナスおばあさんになるまでの一生の物語である。子供のころにおじいさんと結んだある約束を、ルピナスさんは自分がおばあさんになってから果たすのだけれど、私としてはルピナスさんは一生をかけてどの局面においてもその約束を果たしていたのじゃないかなあと思う。

ルピナスさんの一生のうち、年をとってからの絵のほうが私はだんぜん好きだ。そこには何かきっぱりとした潔さが感じられる。

最後のページ。生き生きと動いている子供たちのずっと奥の丘の上に、ルピナスさんの小さな小さな影が見える。薄いオレンジと桃色が溶けだす夕闇の空気のなかにルピナスさんが一人で立っている。

”幸せ”と呼ぶものに付随する全てを引き受けるということ。

人生とはそういうものなのではないだろうか。

ルピナスさんは、私のあこがれの女性である。

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本当に本当のこと

妊娠7ヶ月に入り、体重の増加が心配wobblyだと先日記事に書いた覚えがあるけれど、実は私の通っている病院のお医者さんは体重に関しては、あまりうるさく言わないのです。だから私もあんまり神経質にならずに、食べたいものを食べていますbleah

助産婦さんからも同じような話を聴きました。数年前までは、体重をとにかく管理して、あまり脂肪のつかない状態でお母さんが赤ちゃんを産むことが安産につながるし、産後のお母さんの体調の復帰も早いとされていたけれど、今の流れでは、どちらというと少し体重が多めでもあまり気にせず、ゆるやかに体重を増やしていくことが大切だそうです。細い人が多い現代では、体重を増やさない状態で産まれた赤ちゃんは、将来的にも糖尿病など栄養状態に問題があることが多いというデータが発表されたことも一因だとのこと。

そのほかにも、母乳信仰が強まっている話(以前はミルクを併用するのが普通だったとのこと)、また昔は骨盤を広げる運動などが勧められていたこともあったけれど、今の妊婦さんは筋肉が不足している人が多いため、骨盤がゆるみやすく、ベルトなどで骨盤を締めることが早産や腰痛の予防につながることなどを聴き、時代が変われば

「正しい」と思われていること

は変わるのだなあと思いましたconfident。そしてもちろん、これらのこともまた絶対ではないのです。

「知る」ことは大切なことだけれど、何かを知ったあと、自分の感情を信じて地に足をつけた判断ができるようになりたいなあと思いました。判断が正しかったか、間違っていたかと悩んだときも、見失わずに自分の気持ちに素直に動いていれば、それは結局、最後の最後には本当に本当のこと(自分にとって正しかったこと)だと捉えられるような気がしますconfident

泣き虫弱虫諸葛孔明 泣き虫弱虫諸葛孔明

著者:酒見 賢一
販売元:文藝春秋
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「三国志」っていえば、映画「レッドクリフ」を観る前に急いでレンタルのお店に行き、横山光輝さんの漫画「三国志」を、赤壁の戦いに入るちょっと前から十数冊を借りてきて斜め読みして「レッドクリフ」に挑み、諸葛亮孔明=金城武=男前+賢い+冷静+おだやか…そう+優し…そう などという、あまりにもなめた図式しか頭に残らなかったことしか覚えがありません。

けれどこの本を読むと、その諸葛孔明像が、がらがらと音をたてて崩れます。ならびに劉備率いる蜀の皆さんについても、結局ただのけんか好き、酒好きのやくざ一家のようなものだったのだと、これまた映画のイメージは一片のかけらさえも残らずに崩れ壊れてゆきます。

酒見賢一さんはこう書いていらっしゃいます。

「しかし、こいつら、なんでこんなに戦争ばっかりしてるんだ?」

と感想せざるを得ず、大陸人同士が、やめりゃあいいのに人口が半減するほどの殺し合いを飽きもせずに続けるという異様な話なのである。

そう、そうだよね!と、私は何だか嬉しくなって、すっかり酒見さんの術中にはまってしまった。だって、本当にそう思ったんだもん。漫画読んだときも、もうずーっとずーっと、とにかく戦いが続いていて、「赤壁の戦い」からだったけど、とても最後まで読む気になりませんでした。まあ、どんだけ兵士たちが火で焼かれ、水に沈められ、首をはねられ、無残に殺されてゆくのでしょう。意外にもあっさり中心人物たちも死んじゃうし。

いや、それが男のロマン、そして中国史とはそういうものです、って言われればそうかもしれませんが。

その上で諸葛孔明とはどういうひとだったのか。

とにかくわたしの目には、まずは、孔明が、おとなげない男、と印象づけられたことは確かである。

そういうわけで、酒見さんの諸葛孔明伝が始まる。その奇人変人ぶり、「馬鹿と紙一重」的なある意味、大器を思わせるカン違いぶりに、思わずふきだしてしまいました。作者のつっこみがまた良いんですね。

本当は孔明も他の三国志の英雄たちも、ただのとぼけた(?)おっさんだったのかもしれない。たまたまた戦乱の世が、性格に合っただけなのかも。(何しろ蜀はただのけんか好き極道集団)

本当に本当のことは、誰にも分からない。毎日テレビや新聞のニュースを見て、そういうものだと鵜呑みにして、怒ったり不機嫌になったり落ち込んだりしている私に、いやいやもっと色んな角度から見てごらん、と教えてくれたような楽しい楽しい読書でした。

第一部は、孔明が劉備のもとで采配をふるう前、つまりは『三顧の礼』のところまで。

第二部も楽しみです!にほんブログ村 本ブログへ

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