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女性俳句の世界

なぜ俳句かといえば、そもそもアメリカで暮らしたことが大きいと思う。

アメリカを思うと、日本について思わざるを得ないし、

英語について考えると、日本語について考えざるを得ない。

日本語について考えているうちに、何となく俳句に行き着いた。

けれど、俳句など今までまるっきりノータッチだったので、とっかかりが掴めない。

だから、自分と同性の女性で共感できる部分も多そうな、おそらく有名な俳人であろう方々が載っていそうな予感のする本を選んだ。

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俳句は、五・七・五のたった17文字でつくられる。素人から言わせていただくと、そのたった17文字のなかに、季節を象徴する「季語」を入れなくてはいけないとか、「切れ」がなくちゃだめとか、感情を露出するなとか、空想に終始するなとか、余韻を残せとか、まあ、決まりごとの何と多い詩なのだろうと思っていた。更に言わせていただくと、無学な私は、季語の示す季節が分からない、というか季語そのものの意味が分からないこともある。だから、良い句がなぜ良いのか、そうでもない句がなぜそうでもないのか、たぶん分かっていないと思うけれど、今回は何となく読んで、何となく17文字の世界を楽しんでみようと思った。まずは基礎知識や俳句の成り立ちから調べよう、などと遠まわしにしていると、一生が終わってしまう。こういうときは、まず飛び込んで、どんなもんかバタバタ泳いでみるほうが、ずっとわくわくする。

春雷の絶間琴の音打ちかへす     「河野多希女」

季語は春雷(春)。春雷の絶間に、女はどんな顔で琴を打ちかへしたのだろう。その目は涙にぬれていたのか、頬は上気していたのか、何かが取り付いた顔をしていたのか、それとも静かな静かな面持ちだったのか。どんな気持ちでいたのだろう。激しい怒り、抑えられない嫉妬、湧き上がる思慕、自分を叱咤する心と、逃げたい気持ち。女は、どんな暮らしをしているのだろう。何があったのか。どうなるのか。

たった17文字が一篇の物語に広がっていく。

遺愛の辞書に 陽がさす 宙のどこからか   「伊丹公子」

亡くなられたお父さんを思ってつくった句。一瞬、きゅっと切なくなる。あたたかい、大きな大きな眼差しを感じる。

私たちは、悲しい、恋しい、寂しい、と言わなくても、そういう言葉にあてはまらないもっと微妙な心を伝えることができる。そういう言葉をつかわないほうが伝わることもある。

刹那刹那に生く焚火には両手を出し   「津田清子」

季語は焚火(冬)。作者三十二歳の作品。この大胆さ。まっすぐな情熱。恐れないで進む強い意志。あこがれてしまう。刺激を受ける。

ドリアンは皆殺しの味一つ食う   「岸本マチ子」

無季。ドリアンのあの強烈なにおいと、皆殺しという言葉。ちょっと女の野性をみたような、おかしくて、かっこいい句だと思う。こういうのを読むとしびれます。

予想以上に、読み終わるのに時間がかかった。一句、一句の裏側に、壮大な物語が広がっている。これが日本語なのだ。この果てのなさ。とどまることのない複雑で繊細で、豊かな世界。

水澄んで人はさみしいことをする   「田邊香代子」

季語は水澄む(秋)。私たちは、一人ぼっちで、さみしいことばかり繰り返す生き物なのかもしれない。秋の透きとおった空を見上げると、無性にさみしくなって、私たちは誰かとつながろうとする。

たった17文字で、さみしいという言葉の含んだ色々を、人は感じることができる。そんなさみしさを知るために、私たちは言葉を持った。

言葉をあきらめない。あきらめてはいけない。

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