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北村薫の創作表現講義

北村薫の創作表現講義―あなたを読む、わたしを書く (新潮選書) Book 北村薫の創作表現講義―あなたを読む、わたしを書く (新潮選書)

著者:北村 薫
販売元:新潮社
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北村薫さんの書いた『円紫師匠と私』シリーズは私の愛読書である。<愛>がつくほど、このシリーズの五冊を私は愛しているのである。特に『六の宮の姫君』は大好きな一冊である。読んだあと、ああ、私はこんな本をずっと読みたかったんだ、待っていたんだ、と思った。読む前には『六の宮の姫君』のような本を読みたかったなんて、自分では分からなかった。気がつかなかった。

私の心の中に深くて底の見えない池があって、よく分からない正体不明の生き物が住んでいる。しかしある日『六の宮の姫君』がその得体の知れない生き物を釣り上げてくれた。どんな形をしていて、どんな食べ物を好み、どんな暮らしをしているのか、ようやく私はこの本を通して自分の心に住む生き物の正体を知ったのである。

数は多くないけれど、こうやって水の底に手を突っ込み、ぬるぬるした深海の<私>を、ぐわっとつかみ出し、地上の光のもとに示してくれる本というのがある。そういう本は、感動したとか、衝撃的だとか、そんなものを超えて私の<愛>読書となっていく。

これは北村薫さんが、大学の文学部で講義をした内容を紹介したものである。本のタイトル通り、創作表現を学ぶための講義を北村さんが行っている。

北村さんはまず、さまざまな作家の文章の書き出しを紹介して、こう言う。

《表現》が即ち《個性》だっていうことが見えてくる。そういうことを《読む》のが面白い。《読む》こともまた、重要な表現です。

え? と私は思わず読み直してしまう。書くことは表現であると思う。しかし、読むことが表現であるなんて、考えたこともなかったからだ。

定評を追いかけたり、弱々しくごく常識的な判断だけをしているなら、それは自分をかけて読んでいることにはならない。だから、きちんと読むには大変な力がいります。読むことは、書くことと同様、大きな創作なんですね。

北村さんの語り口は優しい。けれど私はページをめくるたびに、座っているソファからめりめりと自分が沈んでいくのを感じた。北村さんは、演劇、映画、写真、さまざまな話題をからめながら《表現》するとはどういうことか生徒たちに伝えてゆく。ときには、才能豊かな歌人や編集者を招き、話をしてもらう。本が進めば進むほど、私はずぶずぶと落ち込んでゆく。北村さんの話の楽しさや温かさのなかに、静かで厳しいメッセージを感じるのだ。

品物がないとする。ない物を売ることは出来ません。置かれていないケーキを、《いただきます》と食べることは出来ない。

町だって、ただ歩いていたら、色々なものが目に入らない。通り過ぎてしまう。《見ようと思う心》がないと、ものは見えない。

小説の文体や視点の話、個性の出ている表現の話、目の前の事実と作品における真実の話、北村さんの講義はどんどん広がり、深まっていく。

そのうち、どの話を読んでも自分が《生きる》ことの意味を問われているような心もちになってきた。《表現》することは、自分を世界に示すことだ。しかし、その自分が空っぽだったら…。講義のなかで紹介される、さまざまな人たちのあまりの才能に、私はもう、元居た場所に浮かび上がれない気持ちになる。けれど、北村さんは講義の終わりに忘れずに生徒を救いあげる。

でも、取れないボールを、自分には縁のないものと考えて、全く追いかけないのも、 ――実は勿体ないことである場合も多いのです。ことに守備の経験の少ないうちには。

分からないものを、ただもう全否定するのではなく、敬意をもって見つめてみると、そこから何かが見えてくるのかも知れません。

北村さんは、私たちの心をゆさゆさと動かしながら、最後をこう締めくくっている。

今、ここで、表現についてお話ししていますが、その場合我々は、どうしても《書く》ことの方に偏って考えがちです。

読むというのは、自分がどういうところに立っているか―― 自分の位置を示す行為に外なりません。

我々は書くことによって《わたし》を示します。同時に《あなた》を読むことによってもまた、《わたし》を表現するのです。

まだ、間に合うだろうか。いや、どんなときも、それに気がついたときが、自分にとってのベストタイミングなのだ。間に合わせてみせる。何かを学んだというより、何かを注入されたような熱い気持ちで、私は本を閉じた。

*私が好きな北村薫さんの本はこちらです。

円紫師匠と<私>シリーズ

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書) 六の宮の姫君 (創元推理文庫)(他に、「夜の蝉」「秋の花」「朝霧」があります)

詩歌の待ち伏せ〈1〉 (文春文庫)

   

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コメント

おはようございます
今回もすごい衝撃をうけました。本を読んでこなかったことを今日ほど残念に思ったことはありません。どうぞたくさんの方達がnikoさんの文章を読んで本を好きになられますように。

さくらさん、コメントありがとうございます!「東京ローズ」はもう読み始められたのですか? この本も、いつかさくらさんが手にとってくださるといいなあと思いますshine

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