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第七官界彷徨

尾崎翠集成〈上〉 (ちくま文庫) Book 尾崎翠集成〈上〉 (ちくま文庫)

著者:尾崎 翠
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尾崎翠。『第七官界彷徨』という世にも不思議な物語を描いた作家の名前である。1934年、38歳を最後に筆を絶ち、その後の人生をふるさとの鳥取県でひっそりと終えた。

そのとき二助の部屋からながれてくる淡いこやしの臭いは、ピアノの哀しさをひとしお哀しくした。そして音楽と臭気とは私に思わせた。第七官というのは、二つ以上の感覚がかさなってよびおこすこの哀感ではないか。そして私は哀感をこめた詩を書いたのである。

体が数グラム重たくなる気がする。心臓がぎゅうんと膨らむ感じがする。とらえどころのない音色が響く言の葉の五線譜を前に、私はしばらく茫然とした。

その後、尾崎翠は頭痛薬の大量摂取のために、中毒に陥り、鳥取に連れ戻されることになる。一時は自分が小説を書いていたことさえ忘れていたという。結婚はしなかった。後に、文学集に『第七官界彷徨』が加えられたことを機に、出演や執筆の依頼が再び来るようになっても、すべて固辞して人に会わなかったという。

色はどうにもあれ、私たちの女主人は、一種の粉薬の常用者であった。これは争う余地もない事実であった。けれどその利き目について、私たちは確かな報道をすることが出来ないようである。私たちのものがたりの女主人が、身のまわりの騒々しい思想のために、つんぼにされているかも知れないことは前にも述べたけれど、彼女は、このつんぼの憂愁から自身を救いだすために、このような粉薬を用いはじめたともいうし、よけいつんぼになるために用い続けているともいう。『こおろぎ嬢』より

双樹社から出版された『尾崎翠全集』の編者である稲垣真実さんによると、74歳で高血圧と老衰による全身不随で病院に運ばれたとき、尾崎翠は「このまま死ぬのならむごいものだねえ」と大粒の涙をポロポロと流したという。三日三晩の昏睡のあと、彼女は息をひきとった。

尾崎翠の人生が不幸せだったかどうかなんて、私には判断できない。目の前に漂う『第七官界彷徨』が、あまりにも胸にせまるからである。

 私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。

そもそも、と私は本を閉じながら思う。

そもそも、第七官にひびく音を一つも出せずに右往左往している私に、他人の人生をとやかく言う資格などないのである。

(*画像が貼り付けられませんでしたが、私は創樹社の『第七官界彷徨』を読みました。これは、若い読者のために読みやすさを考えて、仮名遣いを新仮名遣いに改めたものだそうです。装釘も不思議でお勧め。)

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