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東京セブンローズ

久しぶりの日本、久しぶりのお風呂、そしてなんといっても久しぶりの日本語の本! 雨水をぐいぐい吸い込む大地のように、日本の言葉がどんどん私の心と体に染み渡ってゆきます。ハッピーheart04でございます。

東京セブンローズ〈上〉 (文春文庫) Book 東京セブンローズ〈上〉 (文春文庫)

著者:井上 ひさし
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東京セブンローズ〈下〉 (文春文庫) 東京セブンローズ〈下〉 (文春文庫)

著者:井上 ひさし
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井上ひさしさんは、現在活躍されている作家のなかで、私が大変興味を持っている作家の一人です。子供のころに「ブンとフン」や「偽原始人」を読んでから、全てというわけにはいきませんが、思い出したように、途切れることなく井上さんの作品を読み続けています。素晴らしい小説を書くことは、誰にでもできることではないけれど、質の良い小説を書き続けることは、なお誰にでもできることではないと、私は思っています。

物語は、山中 信介さんという、団扇屋の主人の日記という形で綴られています。

「をぢさんで五人目だよ。このレコードに引っ掛かったのは」

昭一くんの顔が引っ込み、そして直ぐB29の編隊爆音が止んだ。

「ニッチクから『B29の爆音』といふレコードが發賣になったんだ」

昭一君が説明書を振ってみせ、

「ほら、ここに『決死的録音遂に完成す』と書いてある。といっても見えないか」

「この非常時につまらんレコードを出したものだ。それに買ふやつも買ふやつだ」

これは戦争の話なのです。山中 信介さんは、東京で空襲が激しくなるなか、毎日食べていくために、奥さんと三人の娘と一人の息子と共に懸命に生きていきます。井上さんは、おいおい、とつっこみたくなるようなユーモアをおりまぜながら、悲惨なはずの信介さんの生活を綴ってゆきます。

やがて、激しくなった空襲は長女の命を奪い、近所の多くの人々の命を奪ってゆきます。やりきれない思いの信介さんが思わず発した一言。町内会長に密告され、信介さんは思想犯として刑務所に入れられてしまいます。信介さんは刑務所で終戦を迎え、くるりと裏返った世の中に放り出されるのです。

だからその下手人どもの親玉を「吾等の偉大な解放者」などといって奉るのは眞っ平である。ものを頼むなぞ殺されたっていやである。日本人はもっと堂々としてゐるのがいいのだ。勿論、自分と同じ考への人びとが、日本軍が踏み荒らした朝鮮半島や中国大陸や東南アジアの島々に何億人とゐることも知ってゐる。日本人はそれらの人びとから常に怨みの眼差しを注がれながら生きて行かねばならない。だれかが「日本人が憎い。せめて五六發殴らせろ」といふなら、自分たちは一言も抗辯せずに殴られてゐなければならない。そのときも日本人は堂々としていたいものだ。

しかし、信介さんが刑務所に入っている間に、世の中は確実に変わってしまったのです。

「だからとうさんたちは駄目なんだ」

口まで持って行ってゐたカップを、清は叩きつけるように置いた。受け皿にココアがこぼれ出る。

「天皇が神ぢゃないとわかってゐたのなら、はっきりさういへばいいんだ。日本が神国ぢゃないと信じてゐたなら、堂々とさういへばいいんだ。とうさんたちは信じてもゐないのに、いかにも信じてゐるような振りをした。自分に嘘をついたんだ。自分に不誠実に生きてゐたんだ。そんなのごまかしだよ。詐欺よりひどいぢゃないか」

井上さんは、ユーモアのなかに、こちらの鼓動が一瞬止まるような鋭い言葉を織り交ぜて、この物語のメインテーマへと読者を導いてゆきます。

「その通り。日本語から漢字を追放すべきです」

アメリカの日本語から漢字を追放するという政策に、信介さんが巻き込まれてゆくことになります。

「日本人のためなんです。戦前戦中の日本では、初等教育のほとんどの時間が漢字の習得に注ぎ込まれてゐました。ローマ字化することによってこの時間はずいぶん浮くと思ひます。浮いた時間はほかの分野の学習に充てることができる。民主主義の勉強ができる」

みなさんは、アメリカ人からこう言われてどう反論するでしょうか。

信介さんは、どう反論したのでしょうか。そして題名にもなっている、東京セブンローズの影が信介さんの周りにちらつきはじめます。

私は、漢字とひらがなとカタカナを使う、美しい言葉を持つ国に生まれました。私は、戦争のない、和を尊ぶ、自然が四季と共に彩りを変え、暮らしと歴史の深みを味わえる国に生まれました。そのことがどんなに幸せなことか、信介さんと東京セブンローズが教えてくれます。

信介さんは、長女の絹子さんを空襲でなくした後、絹子さんに向けて日記にこのように書いています。

父さんたちは生きてゐるやうに見えるかもしれませんが、本土決戦の秋まで仮に生かされてゐるに過ぎないのです。をかしな言ひ方ですが、父さんたちは半亡者なのです。いま、お前がいる場所とこの根津とは案外近いのです。幽明界を異にするとよくいひますが、そちら幽界とこちら明界とは、實は一枚板のやうに続いてゐるのです。さうでもなければ、毎日、このやうに大勢の人間が死ぬ道理はありません。

日本人だからこそ、戦争はいやだと、言わなければなりません。反対なものは反対だと言わなくてはいけません。それが、この国に生かされた私たちの恩返しなのだと思うのです。

(*引用部分では、一部旧仮名遣いの文字が変換できず、そのまま掲載できないものがありました。実際の作品では、旧仮名遣いの日本語の美と力を痛感できることと思います。ぜひ本作品をお読みください)

さて、長い間お休みしていましたが、またブログを始めさせていただきたいと思っています。これからは洋書だけでなく、和書もどんどん紹介していけたらなあと考えています。

マイペースな私のブログ、今後ともどうかよろしくお願いいたしますshine

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コメント

おかえりなさい!!
久しぶりにnikoさんの文章拝見しとっても嬉しいです。(さっそくこの本よまなくっちゃ!)
これからは和本も・・ほんとに楽しみです。

nikoさん、お久しぶりです。そして日本にお帰りになってらっしゃったのですね!お風呂ってやっぱり良いですよね。海外のホテルの上の方から出てくるシャワーでは疲れも取れないし、何だかさっぱりしません。最近、「竜馬がゆく」を途中で投げ出して要所に逃げている私。和書の紹介も楽しみにしております!参考にさせて下さいね。

nikoさん、お帰りなさい。(^^)/
ブログ復活、おめでとうございます。

(*^ー^*)∠※Pan!!。・:*:・゜`☆、。゜☆' - * :・

マイペースでかまわないので、これからも良い本の紹介、お願いしますね。
楽しみにしております。
(^-~)ワクワクヾ(^^;)コレコレ

ちなみに、私の方は最近、和書では恩田陸(の独特の世界)にハマってます。

それではまた!(@^^)/~~~

さくらさん
お久しぶりです!日本に帰ってきてからは、日本語の本を思う存分読めることに、幸せを感じている毎日です。さくらさん、これからもどうぞよろしくお願いいたします!

雫さん
お久しぶりです。そう、やっぱりお風呂はいいですね。肩までざぶっとつかると、体から疲れが飛んでゆくような気がします。じつは…。私も司馬遼太郎さんの本はけっこう挫折しているんです…。周りでたくさんの人に勧められるのですが…。もう一回再挑戦してみようかしら。雫さん、今後ともよろしくお願いいたします!

super源さん
お久しぶりです!マイペース(というかスローペース)のブログになってしまうかもしれませんが、時々遊びに来てくださると嬉しいです。恩田陸さんの本、私も何冊か夢中になって読みました。色々なジャンルの物語をどんどん書ける力量には、頭が下がります。今後ともよろしくお願いいたします!

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