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God Is Dead

もし、神さまが死んだら――? はちゃめちゃで、ちょっと現実離れしていて、でもなぜか確かな手ざわりのする物語です。

God Is Dead Book God Is Dead

著者:Ron, Jr. Currie
販売元:Viking Pr
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ページ数: 180ページ

<神>は一人の女性に身をかえて、ダルフールをさまよっていた。「ジャンジャウィード」にさらわれて、行方が分からなくなった弟を探していたのである。アメリカの黒人の国務長官Colin Powellの力を借りて、<神>である彼女は弟の行方をつきとめようとするのだが、攻撃を受けて彼女は命を落としてしまう。<神>もまた、このとき死んでしまった。

―― <神>が死んだ。

そのことが公表されると、世界は少しずつ変化してゆく。牧師は橋の上から飛び降り自殺をする。殺し合いの末に人のいなくなったある町で、少年たちは、くじでお互いを撃ちあうペアを決め、自殺をし合うという取り決めをする。ある町では崇拝するものがなくなった大人たちが、神の代わりに子供を崇めはじめる。<神>であった女性の死骸を食べた野犬が突如しゃべれるようになる。

やがて戦争が始まる。少年は会ったこともない女の子に携帯メールを送り続ける。「アマンダ、ぼくはヘタレです。 戦争に行く勇気なんてあるわけない、自分の母親にさえ、はむかえないのに」 

少年は軍隊に入る。

世界はどんどん姿を変えてゆく。

―― <神>が死に、世界が変わり、戦争が起こる。九つの短編がつむぐ、可笑しくて怖い世界を描いた連作集。

作家について

Ron currie, Jr.は、メイン州ウォータービルで生まれ、今も在住。本作品が第一作目。

作者のホームページはこちらです。(犬がとっても好きだそうですよ♪)

感想

「God Is Dead」からはじまって「Retreat」という題名の物語まで、それぞれ異なった場所や人物(多少重なることもありますが)が出てくる短編が九つおさめられています。

永遠の命を持っているはずの<神>が死ぬ? その死骸を食べた犬がしゃべりだす?

それはいいんだけど、なぜ世界は<神>が死んだことが分かったのでしょう?

その説明は作品のなかできちんとされていて、これだけ妙な話なのに、なぜか納得して読み進められます。

一番ユニークなのは、<神>の死骸を食べたことで、言葉を話せるようになったメンバーのうち、最期の生き残りの犬へのインタビューが書かれた短編。

きっと少し笑いながら、あなたはこの本を手に取るかもしれません。けれど、その笑いはあなたの顔からすぐに消えることになるでしょう。

<神>が死んだ後、人々の殺し合いがはじまったとき、実はこんな世界が始まるまえから人を殺したかった、大学に入ったときから人殺しの衝動と戦ってきたと友達に告白する少年。

神の代用として、子供を崇めはじめた大人たちに、子供は神ではなく、子供なのだということを訴え続ける医師。

その医師にすさまじいまでの迫害を続ける町の人々。

<神>の死骸を食べてしゃべれるようになった犬の話を聞いたとたん、犬を檻に閉じ込め、その死骸を自分も食べて神になろうとした教授。

そして戦争が始まり世界が大きく変わっても、携帯のメールでしか心のうちを話せない少年。

登場人物たちはみな、どこかで出会ったことのある人たちばかりのような気がします。自分自身なのかも、とさえ思います。

世界が変わっても、人は変わらず、変えられず、変わりようもなく、相変わらず意地悪で、打算的で、優しくて、弱く、その結局ありきたりなことがどの作品でも、しっかり深く書き込まれている印象を持ちました。そして、そこにいちばん心が震えました。

作者の描いた<神>のいない世界は、近いうちにやって来るかもしれないと背筋が寒くなります。もしかしたら遠い遠い昔にこんな世界があったのかもしれないと、鳥肌が立ってきます。

いえいえ、本当はわたしたちは今、その世界に立っているのです。今、ここにいる世界のざらりとした手ざわりが、怖いくらいに伝わってくる作品でした。

"It is in our nature to destroy the weak," Evo-Psych Premier Nguyen Dung said in a statement. "Thus, we had no choice but to execute your soldiers. But we do apologize. In fact, we apologize for this entire war. Sadly, it is in our nature to fight. And we are helpless against our nature. As are you."

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Mother Teresa -come be my light-

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。今年もマイペースに洋書を読んでまいりたいと思います! このブログでまた多くの方々にお会いできるのを楽しみにしています。本年もよろしくお願いいたします(*^-^*)。

Mother Teresa: Come Be My Light : The Private Writings of the Book Mother Teresa: Come Be My Light : The Private Writings of the "Saint Of Calcutta" (Doubleday)

著者:Mother Teresa
販売元:Doubleday
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ページ数: 404ページ

作品区分: ノンフィクション

―― マザー・テレサのようになりたい。

そう言える人を私は尊敬する。

ずっとマザー・テレサという人に関心があった。以前にもこのブログで彼女の言葉を紹介させてもらったことがあるが、マザーの言葉には、何度も自分の歩む道を軌道修正してもらったり、足の止まりそうな坂道で背中を押してもらった。

マザー・テレサは、その一生を「最も貧しき人々」のために捧げた。インドのカルカッタに「死を待つ人々の家」をつくり、貧しくて道端で死んでいくしかない人々の最期を看取った。1979年にはノーベル平和賞を受賞している。神の声にしたがい、教会を離脱してまで、貧しき人々を救う活動を始めることを決めている。

道端で放っておかれたまま、死を待つしかない人々。

傷口には虫がわき、苦しみでうめき声をあげ、目はにごり、

確実に死に近づきつつある臭いがする人々。

その人々を救う立場にある自分たちでさえ、一日をしのぐためにぎりぎりの生活をしなくてはならない。

マザー・テレサたちは時に物乞いさえしたという。

マザー・テレサのようになりたい、と私は言うことができない。

そう言うには、私はエゴが強すぎる。

雨風がしのげる家が欲しい。

毎日お腹いっぱいご飯を食べたい。

それだけではない。

居心地のよいソファーと美味しいコーヒー、大好きな本に、美しい音楽、にぎやかな街にも出かけたいし、おしゃれもしたいし、テレビも見たい。

私のように、ちっちゃなことに毎日ぶんぶん振り回されている人間とは、マザー・テレサは違う世界に住む人間なのだと思っていた。

この本は、会社では彼女の上司にあたるのであろう教会の大司教に宛てた手紙等で構成されている。現在「マザー・テレサ・センター」の所長もされている、神父であるBrian Kolodiejchukという人が編集と解説をしている。が、この本には私が期待していたような彼女の言葉は見受けられない。

Do not think that my spiritual life is strewn with roses --that is the flower which I hardly ever find on my way. Quite the contrary, I have more often as my companion "darkness".

そう、この本はマザー・テレサの"darkness"の記録なのである。

1946年の9月、彼女は神の声を聞き教会を離脱して、神の道具、神の鉛筆となって、貧しい人々を救う活動をはじめることを決意する。ともに働くシスターたちは、マザー・テレサがいつも微笑みを絶やさず、理性を保ち、常にシスターたちをひっぱってくれる存在であったことを明かしている。

しかし、彼女の心には出口の見えない闇がとぐろを巻いていた。

"There is a deep lonliness in my heart that I cannot express it."

"Please pray for me -- the longing for God is terribly painful and yet the darkness is becoming greater."

"The darkness is so dark --and I am alone. --Unwanted, forsaken. --The lonliness of the heart that wants love is unbearable. --Where is my faith?"

マザー・テレサは、神に見放されて、一人ぼっちで暗闇のなかを歩き続けていた。神に愛されていないという孤独感。それは、どんなにか辛い時間であることだろう。

私たちは信仰を持たなくても、誰でも似たようなひと時を持ったことがあるのではないだろうか。真夜中にふと目を覚ます。自分が意地悪をしたこと、いやな気持ちになったこと、深く傷ついた言葉を思い出す。この世界に自分のことを気にかけてくれている人なんているのだろうか。愛されてなどいないのではないか。自分のやっていることは全部空回りで終わってるんじゃないか。どこかで笑われてるのではないか。誰かに憎まれてるのではないか。自分が生きている意味なんてないんじゃないか…。

マザー・テレサは"darkness"を抜け出すことができたのか。

いや、抜け出せなかった。 抜け出さなかった。

"For the first time in this 11years --I have come to love the darkness. --For I believe now that it is a part, a very, very small part of Jesus' darkness & pain on earth."

"I am at His disposal."

闇を闇ごと引き受ける人生。

この本は、いつも読んでいる小説とは違って、正直に言ってしまうと時として退屈なところもあったりして、少しページをめくるのがしんどいときもあったけれど

読んで良かったなあと思う。

マザー・テレサのようにはなれないけれど、

マザー・テレサのようになりたい、と心から言える人間になりたいと思えたから。

最後にこの本にはないが、私の好きなマザー・テレサの言葉を紹介させてもらおうと思う。この本を読んだ後に、この言葉を読むと、マザー・テレサの静かな微笑みが頭に浮かんできて、何だかじーんとしてしまった。

人々は理性を失い、非論理的で自己中心的です。

それでも彼らを愛しなさい。

もし、いいことをすれば、人々は自分勝手だとか、何か隠された動機があるはずだ、と非難します。

それでもいい行いをしなさい。

もし、あなたが成功すれば不実な友とほんとうの敵を得てしまうことでしょう。

それでも成功しなさい。

あなたがした良い行いは、明日には忘れられます。

それでも良い行いをしなさい。

誠実さと親しみやすさは、あなたを容易に傷つけます。

それでも誠実で親しみやすくありなさい。

あなたが歳月を費やして建てたものが、一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。

それでも建てなさい。

ほんとうに助けが必要な人々ですが、彼らを助けたら彼らに襲われてしまうかもしれません。

それでも彼らを助けなさい。

持っている一番いいものを分け与えると、自分はひどい目にあうかもしれません。

それでも一番いいものを分け与えなさい。

(こちらの言葉は、このHPを参考にさせていただきました。ありがとうございました。)

ここまで読んでくださってありがとうございます。皆さんにとって、今年いちねんが幸せいっぱいの年となりますように!

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