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A Bit On The Side

ある書評を読んで、落ちてしまいました。いてもたってもいられなくて、すぐにamazon.comを検索。同じ作家の作品で、なんと$4.99のセールの本を発見! これが縁でなくて何でしょう!! というわけで、さっさと購入、さっそく読書、どっぷり世界に浸りきりました。(*゚▽゚*)

A Bit On The Side (今回画像が載せられませんでした…。参考はこちら

著者: William Trevor

出版社: Viking

ページ数: 245ページ

―― 弁護士は言った。 「遺産を拒否することもできますよ」 Graillisはホテルに戻ってから、自分は妻を亡くしたことを弁護士になぜ言わなかったのか、と考えた。もちろん弁護士は、妻のことより、彼に遺産を残した女性に興味があるのだろう。けれどGraillisはそのことを告げようと弁護士に電話をすることにした。妻帯者であるかどうかが重要であるかは分からないけれど。受話器を置くと、彼は妻と知り合ったときのことを思い浮かべた。そしてもう一人の女性のことも…。ある女性からの遺産がきっかけで、Graillisは人生を振り返り始める…。「Graillis's Legacy」

―― わたしはお父さんが帰ってくるのを待ちわびている。お父さんはエジプトに行ってばかりでたまにしか家に帰ってこないから。わたしはお母さんに話せないこともお父さんには全部話せる。よく家に遊びにくるお母さんの友達が嫌い。家で働くCharlesは、少なくともお母さんは友達を寝室には入れないから、デリカシーってもんはあるんだろう、と言う…。奇妙な両親、不思議な家族を持った女の子の一生を描いた物語。「Solitude」

他に、中年の男女の恋心と人生を描いた表題作「A Bit On The Side」など、目の前に続く道をただ歩き続けてゆく人々の人生と心を描き出した短編集。

作家について

William Trevorは1928年、アイルランドのCounty Cork、Mitchelstownで生まれる。DublinにあるTrinity Collegeを含むいくつかの大学で学んだ後、彫刻家、コピーライターを経て小説家となる。KBEの称号を持つ。ブッカー賞にも幾度もノミネートされており、数々の文学賞を受賞している。短編の名手と呼ばれ、2007年O.Henry Prizeも受賞。現在、England、Devonに在住。

感想

きっかけは、詩人であり小説もお書きになっている小池 昌代さんの書評でした。

容赦がないのに、どこか一箇所(かしょ)、絶望を裏返す温かみのある作品で、一読、しびれた記憶がある。

という文章に私のほうが、一読、しびれてしまいました。 どんな小説なんだろう、読んでみたいなあ、とわくわく。

トレヴァーの作品には、こうしてリアリティを積み重ねた地上から、不意に離陸する瞬間がある。その聖なる一瞬に作品の命がある。高みから見下ろす著者の視線は、非情さをもって真実を照らし出すが、そのとき読者には涙でなく、より深い、沈黙の慟哭(どうこく)がわきあがるのだ。

不意に離陸する瞬間」て? その一瞬を味わいたい!! 何はさておき、これはもう読むしかない、というわけで手にとったのがこちらの本です。

単細胞の私は、書評の「瞬間」という言葉に、最後の最後に大どんでんがえしが待っている、ひねりの訊いた物語を想像していました。

けれども違う、違うのです。 

変な言い方かもしれませんが、トレヴァーさんの書いた作品には、彼が登場人物をコントロールしている気配を感じません。彼は登場人物のそばに寄り添っているだけのような気がします。

私たちは(いえ、特に私は)、例えば家族や友達、恋人が、苦しんでいたり、不安のなかにいると「大丈夫だよ」と声をかけます。

けれど「大丈夫だよ」と言った優しいつもりの自分の心をよーく覘いてみると、相手が親しい人であればあるほど、自分自身が相手の苦しさや不安にとりこまれてゆくのがいやで、そんな自分の気持ちを早く消したくて声をかけているのに気づくことがあります。

結局、「大丈夫だよ」をむやみやたらに口に出して、自分の不安を消そうと自分のためだけに声をかけている時があります。相手の歩幅に合わせることができず、待っていることができず、だから合わせてくれたり、待っていてくれていた人の存在を思うこともできなくなるのです。

こんなとき、出てくる言葉をぐっとおしころして、ただ黙って見つめているのがトレヴァーさんのような気がします。

相手の抱えている問題と自分のできることを、きちんと切り離して見ることのできる冷静さと、

人間は誰でも自らで生きていく力があるという圧倒的な信頼が、トレヴァーさんにはあるように思います。

そしてそれは「大丈夫だよ」を連発するより、よっぽど相手のためになる真の優しさであることを、彼の作品は教えてくれます。

だから、幸せだとか不幸だとかに分けられずに物語は終わってゆきます。なぜかといえば、それこそが人間なのであり、生きていくことだから。そのあまりにも「真実」な何かをつきつけられるとき、読み手のなかに「不意に離陸する瞬間」がやってくるのだと感じました。

小池昌代さんは書評の最後にこう綴っています。

この作家は、そうした運命の只中(ただなか)にいる人々を、決してすくい上げず、ただ見つめる。あまりに強く見つめるので、私にはそれが「愛」のように見える。

この作品の舞台には、アイルランドの地方の町が多く出てきたように思います。アイルランドの歴史や今のアイルランドの立ち位置をもっと分かっていたら、もっと色々なことを読みとれたかもしれないなあ、と思いました。

最後に言い忘れてならないことは、すばらしい作家と出会えるチャンスをくださった小池昌代さんの文章のこと。残念ながら未読なのですが、日本に帰ったら、彼女の詩集や小説を読んでみたいなあと思いました(*^^*)。

In my foolishness I did not know what I since have learnt: that the truth, even when it glorifies the human spirit, is hard to peddle if there is something terrible to tell as well. Dark nourishes light's triumphant blaze, but who should want to know? (「Solitude」から引用)

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Ex Libris: Confession of a Common Reader

表紙のグリーンとクリームイエローの淡い色彩、真ん中に積み上げられた本の上で読書にふける女性、思わず手で撫でたくなるほど、お気に入りのデザインの本です♪

Ex Libris: Confessions of a Common Reader Book Ex Libris: Confessions of a Common Reader

著者:Anne Fadiman
販売元:Farrar Straus & Giroux
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ページ数: 157ページ

―― 結婚して五年、何もかも共有してきた私と夫、いよいよ「本棚」も一緒にすることにした。けれど、本好きであればあるほど、本の並べ方にはこだわりがあるもの。論争の結果、アメリカの本はアルファベット順に、イギリスの本は時代順に並べることに。さて本当に私たちの本棚は結婚できるのだろうか…。(「Marrying Libraries 」より)

―― 兄のKimがホテルで本を開いたまま伏せておいたら、ルームサービス係の人にこんなメモを残された。「お客さま、本にこのようなことをしてはいけません」 私には兄の悔しさがよく分かった。こんなに本を愛する家族はないのに! 本の重さを減らすために、読み終わったページを破って捨ててから飛行機に乗った父親、サウナで本を読むので、ページが熱気でぺらぺらに垂れ下がっていても平気な夫、この人たちのことをあのルームサービス係の人はどう思うのだろう…。本を丁寧に扱う厳粛な愛もあれば、本を乱雑に扱うからこその動物的な愛もあるという本への二種類の愛情の話。(「Never Do That To A Book」より)

他に、ナボコフの作品に15個の誤植を見つけて手紙をナボコフに送った話、作家であった母親の書いた文章が盗作された話、古本が大好きで誕生日には夫が古本屋に連れて行ってくれて8㎏の本を抱えて帰った話など、

作家の両親を持ち、本好きの夫と結婚したAnne Fadimanの、本を愛する読み手のための本づくしのエッセイ集。

作家について

Anne Fadimanは1953年生まれ。父親は、ラジオ・テレビのパーソナリティであり作家でもあったClifton Fadiman、母親は作家であり第二次世界大戦時「Time」等の特派員であったAnnalee Jacoby Fadiman。自身は「The American Scholar 」の編集者であった。「The spirit Catches You and You Fall Down」でNational Book Critis Circle Awardを受賞。

感想

この本の表紙は、今持っている洋書のなかでトップ3に入るくらい好きです。色合いといい、文字のデザインといい、真ん中のイラストといい、ただもう大好き!

中身のほうはと言えば、森の小道を少しずつ確かめて歩いてゆくような、そんな読書を味わうことができました。「森の小道」は何だか綺麗な言葉ですが、実際は森の小道って舗装されていないし、標識もないので、進んでゆくのはけっこう大変なものです。この本も同じで、表紙のおしゃれさにだまされて、手を抜いて読もうとすると一向に先に進めないように出来ています。

道端に咲くそれぞれの花、曲がり角にそびえる大木の名前や生態をゆっくり調べながら行く楽しみがこの本にはあります。

Hardy, Yeats, Milton, Byron, Isak Dinesen, John McGahern, Charles Lamb, Thomas Wolfe, Virginia Woolf(彼女の「The Common Reader」 からタイトルをもらっています) …。

人名だけでなく、私にとっては難しい単語もたくさん出てきます。けれど難しい単語は意味が少なくて、辞書をひくとぴたっと決まります。揺るがせないものが立ち上がってきます。

そのうち、森の切り株に腰をおろして考えごとをするように、こういう読書と同じような生き方が出来ないかなあ、なんて空を見て思ったりしている自分がいます。もちろん、それは、読書が何冊読んだかだけじゃないのと同じように、行動じゃなくて、心のありかたにキーがあるんだろうなー、そんな人間になれるかしら…。(´-ω-`)う~ん

自分ならこうだ! 自分だったらこう思う! 本好きの私にとってそんな風に自分と照らし合わせながら、思い入れたっぷり読めたのも楽しかったです。たとえば、あらすじで紹介した、本に対する二種類の愛情の話。私は本は乱雑に扱うタイプ。開いたまま伏せておくし、書き込みもどんどんするし、どこにでも持っていくので表紙のはしっこが折れてしまったりしているのも…。でもそうやって使い込まれた感じが、親密さの証のような気がします。

それから、本棚を夫と一緒にするという話。うちは夫は実用書ばかり読むので、たぶん一緒にしても(今は別ですが)あまり喧嘩することはなさそう。皆さんどうしてるのかな? 興味津々です(*^-^*)。

A particularly bad moment occured while he was in the process of transferring my Shakespeare collection from one bookcase to another and I called out, "Be sure to keep the plays in chronological order!"

"You mean we're going to be chronological within each author?" he gasped. "But no one even knows for sure when Shakespeare wrote his plays!"

"Well," I blustered, "we know he wrote Romeo and Juliet before The Tempest. I'd like to see that reflected on our shelves."

(「Marrying Libraries」より引用)

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「深読み」への道(その四のおまけ)

前回の「深読み」への道(その四)で、「Hamlet」を紹介させていただいたところ、コメントにてJohnnycakeさんがとっても興味のひかれる作品を教えてくださいました!

その名も

「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」 

DVDはこちら

作者はTom Stoppardという人です。

ローゼンクランツとギルデンスターンは、「Hamlet」に出てくる脇役です。ハムレットと子供のころ友達だった二人は、デンマーク王クローディアスによって呼び寄せられ、ハムレットの奇行の原因を探るように言われます。ハムレットは王の回し者だと思って心を許さないので、結局、ハムレットの奇行の原因は分からずのまま。果ては王の命令でハムレットをイギリスに連れていくことになります。しかし、ハムレットは途中で脱出しデンマークへ。結局この二人は後半まったく劇中に姿を見せないまま。終わりのほうで、イギリスからの使節の報告のなか、二人の最期が分かるだけ。

ホレイショー  するとギルデンスターンもローゼンクランツも。

ハムレット  それは、しかたあるまい、好きこのんで、雇われ仕事に手をだしたのだからな。こちらも良心の呵責は感じない。身から出た錆、追従者にふさわしい最期さ。ああいう小人ばらの出る幕ではない。大物がたがいに鎬を削って斬りあっている間に、首をだすなど無法きわまる話だ。

ハムレット (新潮文庫) p177より引用)

そこまで言う?

何ともかわいそうな脇役二人が主人公となっているのがこの作品です。

先日の本の感想でも書きましたが、各々の人間の目にうつる「真実」は、それぞれ違うもの。その面白さを痛感できた作品でした。悲劇は喜劇。喜劇は悲劇。

私はアメリカ版(Region 1 というやつですね)のDVDを入手したのですが、買いなれていないせいなのか、字幕の出ないものを買ってしまいました。すごく面白かったので、原作の本も買っちゃおうかなあと思っています。

Johnnycakeさんのおかげでシェイクスピアの世界がさらに広がりました! ありがとうございました!

そして、波にのってきたのでこちらも。

A Midsummer Night's Dream (New Folger Library Shakespeare)  夏の夜の夢・あらし (新潮文庫) 「夏の夜の夢」

そういえば、「ガラスの仮面」で北島マヤちゃんが、妖精パックを演じていたわ~なんて思い出しながら読みました。夢の世界で、美しく、楽しく、ちょっと皮肉もきいていて、ハッピィエンディング。でも、実は日本の文庫本に一緒におさめられている「あらし」のほうが私は面白かったです! こちらも夢の世界で、でも現実も抱えたまま、美しいが醜く、楽しいけれど悲しいような、でもハッピィエンディング。

ともかく感じる読書と言ったらいいのか、あんまり頭でいろいろ分析せずに楽しめる感じが「ハムレット」にも「夏の夜の夢」にもそして日本語のみですが「あらし」にもあるような気がしました。言葉のリズムや語感だけ楽しめてもOK、意味分からなくてもいいんじゃないか、という雰囲気というか…。

シェイクスピアは、いろーんな楽しみ方ができるから、長い間愛されているのかもしれませんね。ヽ(^◇^*)/ 

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The Egyptologist

ページをめくると、エジプトの地図。地図が載っている本って、それだけで胸がおどりますね!ヽ(*゜∀゜*)ノ さて、どんな冒険が待ちかまえているのやら…。

The Egyptologist Book The Egyptologist

著者:Arthur Phillips
販売元:Random House Inc (P)
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ページ数: 383ページ

1922年の10月、イギリス人Ralph M. Trilipushは、エジプトの地に降り立った。多くのエジプト学者がその存在を疑う、エジプト中王国時代(およそ2100-1600B.C.)の最後の王、Atum-Haduの墓を探し出すためだった。財産家である婚約者Margaretの父親をパトロンに、彼はAtum-Haduが存在していることを信じ込んで、発掘に乗り出す。

その32年後、元探偵であったオーストラリア人Harold Ferrellは、1922年当時を振り返って、ある手紙を書いていた。彼は当時、大金持ちの男の相続人を探し出す捜査をうけおっていた。大金を手にする相続人だと思われるPaul Caldwellを探しはじめたが、Paulは第一次世界大戦中に、エジプトで軍隊の司令官であったHugo Marloweとともに消息を絶ったことが分かった。HugoはAtum-Haduについて述べられた書物をエジプトで発見したという。その書物が、親友と思われるRalph M. Trilipushの手に渡ったことを知ったFerrellはRalphの捜査を開始した。そしてRalphの嘘と謎に包まれた人生を知るうちに、FerrellはPaulとHugoの失踪がRalphと関係しているのではないかと疑いはじめる。

果たして、RalphはAtum-Haduの墓を見つけ出すことができるのか。果たして、Ferrellが考えている通り、Ralphは詐欺師でPaulとHugoの失踪と何か関係があるのか。

―― 日記、手紙、電報などで紡ぎだされる、エジプトにとりつかれた男と、Paul探しに執心する男の、謎と冒険の物語。

作家について

Arthur Phillipsは、ミネソタ州ミネアポリスで生まれる。子供のころは俳優であった。その後ジャズミュージシャン、スピーチライターとなり、事業家として大失敗したこともある。いわゆる老舗のクイズ番組「Jeopardy!」では5回チャンピオンになったことがあるという。本書は彼の二作目。一作目の「Prague」は7ヶ国語に翻訳され出版されている。現在妻と二人の子供とNY在住。(作者のHPはこちら

感想

1922年にエジプトで発掘に挑むRalphの日誌と、その当時に探偵をしていたFerellの32年後の手紙が同時進行で交互に語られてゆきます。全編、日誌、手紙、電報等で構成されています。

最初のRalphの印象は、”夢見る夢男くん(かんちがい含む)”という感じ。発掘をする前から、発掘後に出版する予定の本の自己紹介文をすでに考えているようなのですが、そこには来年(まだ発掘も始まっていないのに)、功績をたたえられて国から爵位を与えられることまで書かれています。さらに元探偵のFerrellの手紙で、Ralphの嘘が何となくばれてくると、もうRalphの行動全てが嘘くさくて、嘘くさくて…(´-ω-`)。RalphのAtum-Haduに関する記述も、もっともらしいことが書かれてあればあるほど、もう嘘のにおいがぷんぷんしてきて、読み飛ばし気味になってしまいました。

しかし、この「嘘くささ」は話が進行していくうちに、ゆっくりと変化していきます。一つ一つの証拠を組み立てながら捜査を進めているように見えるFerrell。けれど、手紙を読んでいくうちにFerrellの思い込みが彼にとりついていくのが分かります。逆にAtum-Haduは存在したのだと信じきっているRalph、彼の目を通して映し出される真実の世界に自分がのみこまれていくのに気がつきます。そして徐々に、どちらの言っていることが本当なのか、何が真実なのか、分からなくなっていきました。

どうしてこんなにそれぞれの人の目にうつる「真実」は違うのだろうということが気になってきます。そしてこの二人の男は、確かに追い求めているものは違っているけれど、何でこんなに自分の思い込んでいる「真実」にこだわるのだろう、と気になってきます。「一歩ひいて物事を見てごらん」と言いたいところなのですが、けれどそれが言えない自分であることに気がつきます。そんなことは百も承知なんだけれど、できないのが人間なのかもしれません。

そして、人が何かに固執するときにはそこに「理由」があるものです。その執念が強ければ強いほど、その心の奥にはひっそりと深い闇が広がっているものです。

この作品では最後にもう一つ大きなひねりが用意されています。もっと底を流れている本当の大きな謎への、作者の声が伝わってくるようです。

最後になってあの嘘くさーいと感じて読み飛ばし気味だった、RalphのAtum-Haduについての記述を、もう少しまじめに読めばよかったなあと思いました。そこには、決して日誌では分かることのできない、黒々とした「理由」が潜んでいるに違いないからです。

夏が終わってブログを再開してからは、当たりの本ばかりです!(*^-^*)さてさて次は何読もうかなあ…。

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