« ブログを再開します | トップページ | 神さまのいるところ »

その先のまた向う

どうしても気になって仕方がない。

目をそらしたいのに、すいよせられる。

目の前を通ると、わたし全部がそちらに向いてしまう。

だけど毎日会いたくはない。

自分の良い感情も悪い感情も一気にひきだされるようで

落ち着かないからだ。

見つづけたら、自分がもたない。

―― 何だか、やばい恋愛にはまっちゃった人のポエムみたいですが、そうではありません。

「絵画」のこと。私にとって、こういう表現がぴったりなのは、ゴッホの絵です。ゴッホ、家に飾ろうとは思わないんですが、訪れる美術館にゴッホの絵があると聞くと、絶対、必ず、会いにいきます。特に後期の作品を見ると、心がさわさわと波立って、自分が一回ひっくり返されたような、どろりとした黒い何かを表に引っ張りだされるような、そんな感じがします。

オーディオガイドによると、ゴッホは「写真より絵画のほうが、より真実をうつしだすことができる」というような言葉を残しているそうです。

これがどういう意味なのか、ゴッホの絵を見ていると分かるような気になってきます。(あくまでも私なりにですが)

「真実」はただ目にするものとは違っているのかもしれず、みなが同じ「真実」を抱えているわけはあるはずもなく、人間は結局一人なのだと思う反面、

何が「真実」なのかは、わたしたち一人一人の手にゆだねられているのだと、悲しいような妙にすっきりした気持ちになりました。

ウィーンでは「エゴン・シーレ」に出会いました。すばらしい感性の持ち主である友人が好きだと知って、わくわくしながら美術館に向かいました。

”時代にはその時代の芸術を、 芸術には芸術の自由を”

1897年、ウィーンに保守的な芸術から分離しようとする「分離派」と呼ばれる一つの芸術運動の流れが誕生しました。エゴン・シーレは、その流れの中心的役割を果たした「クリムト」に才能を見出されたといわれています。既存の芸術にとらわれず、自由で新しい表現を追い求めていったエゴン・シーレ。しかしその新しさの先のまた向こうには、いたってシンプルで当たり前なテーマが横たわっているのを感じます。

私がエゴン・シーレにひきつけられるのは、その斬新な表現方法というよりは、大昔から繰り返し繰り返し芸術と名のつくもののなかで訴えられてきた「愛」だとか「死」だとかいうテーマが、きちんと絵にえがかれているように思えるからかもしれません。「新しさ」というものは、人の気をひいたり、びっくりさせたりするためだけにあるのではなくて、逃れようのない、何度も何度も挑戦するしかない、古来から相変わらずそこに在るシンプルなテーマたちにより近づくための方法であり、そして「方法」の一つにすぎないことを、エゴン・シーレは分かっていたように私には思われました。

澄んだ奇妙な幸福と 得体の知れない不安

人間は孤独であるということと 私たちはつながっているということ

生きていることと 死んでいくこと

こちら側と 向う岸

絵の前でぐらぐらとゆれている自分

つい最近まで絵画のアンテナは私にはないと思っていました。

一生使うことはないと思っていたアンテナが何かを感じ始める瞬間。

年を重ねてゆくことは面白いですね。

生きていくのが楽しみになります!

(詳しくは(。・o・。)ノこちらを参照ください)

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホについては こちら

エゴン・シーレについては こちら

グスタフ・クリムトについては こちら

にほんブログ村 本ブログ 洋書へにほんブログ村 本ブログへ(ブログランキングに参加しています。よかったらクリックしてくださると嬉しいです(*^^*))

« ブログを再開します | トップページ | 神さまのいるところ »

コメント

ブログ再開されたのですね。
待っていましたよ。
nikoさんはいつも魅力的な本レビューを書いて下さるので、とても楽しみなのです。

私のリンクの、ブログお休み中のカテゴリーに入れていたのですが、すぐに戻しますね。

ブログお休みしている間に色々なところを旅行されていたのですね。
私も絵を見るのは好きなのですが、エゴン・シーレ、知りませんでした。
昨年、オーストリアとドイツに行ったのですが、知らなかったので見逃しました。
ゴッホは色々なところで見ましたし、クリムトも去年ウィーンで見ました。とても印象的でした。
あぁ、残念。見ておきたかった・・・

nikoさん、おかえりなさい(*^_^*)
芸術とほど遠い人種の私は、nikoさんの文章に冒頭のポエムのように吸い寄せられてしまいます(^_^;)
みなさんの言葉には、個の中の見ぬふりをしているものを引き出す力があり、ガツンとさせられ立ち止まって点検することもよくあります(リウマチばあちゃんさんの記事からも、こないだガツンと心に響くことがあり点検中)(笑)
「生」「死」「愛」深いテーマですね。
おかえりなさいが言いたくて、ちょっとお邪魔しました(*^_^*)
楽しみにしていまーす!

おかえりなさい!素晴らしい夏休みを過ごされたようですね。羨ましい~(笑)エディンバラにもいらしていたのですね。お天気はどうだったかな?暑いところからいらして、寒さにびっくりされたでしょうか?

最後に美術館にいったのはいつなんだろうというくらい、アートから離れた生活をしていますが、スペインでピカソやゴヤなどの本物の絵をみたときの感動は今でもよく覚えています。

ただ、私もどこかで「私とArtの距離はなかなか縮まらない、私にとってArtは遠いもの」と思っているところがあって、nikoさんの「つい最近まで絵画のアンテナは私にはないと思っていました。一生使うことはないと思っていたアンテナが何かを感じ始める瞬間。年を重ねてゆくことは面白いですね。生きていくのが楽しみになります」という言葉、Artの神様から「あきらめちゃダメだよ」というささやきを聞いたような気がします。

また、nikoさんのブログが読めるのを楽しみにしています!

リウマチばあちゃんさん
お久しぶりです! この夏はヨーロッパを中心にいろいろな国へ旅行しました。リウマチばあちゃんさんも、去年オーストリアとドイツに行かれたんですね!エゴン・シーレは、友人が教えてくれるまでは知らなかったのですが、私にとっては衝撃的な出会いとなって本当に教えてくれた友人に感謝しています。自画像が多いのですが、私は町の絵が好きです。
リウマチばあちゃんさんはどんな画家がお好きなのでしょうか。ゴッホもクリムトも素晴らしいですよね。夏休みも終わり、これからまたどんどん洋書を読んでいきたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。(*^^*)

びっちゃんさん
お久しぶりです!記事にも書いたのですが、何だか日本語を書くのが下手になった気がして…。でもびっちゃんさんの暖かい言葉に、また一からコツコツやっていこう!とやる気がわいてきました。びっちゃんさん、「ただいま帰りました!」ヾ(´▽`*;)ゝ" 。また今後ともよろしくお願いいたしますね!

michiさん
お久しぶりです! エディンバラ、行きましたよ!私も夫もあの街並みの美しさは、今回の旅行のなかで一番だと思っています。(人によって好みは分かれるとは思いますが)幸いなことに少し雨に降られましたが、おおむねお天気も良かったですし、出会った人がみな親切だったことも印象を更に良くしているのかも。どちらが良いということはないのですが、あの色彩のエディンバラで育つのと、たとえば渋谷で育つのとでは、全く違う人間が出来上がるかもしれませんね。機会があったら、今度はアイルランドにも行ってみたいです!
絵画については実は今でも何が良いのかさっぱり分からない絵も一杯あるんです(汗)。これから少し自分のアートの世界が広がるといいのですが…。michiさん、また今後ともよろしくお願いいたしますね!(*^^*)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ブログを再開します | トップページ | 神さまのいるところ »