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あなたは本気ですか?

先日、いつもその文章の魅力にすいよせられるように、まめに訪れさせていただいている<michiさんのブログ>で、素晴らしい記事を読みました!ヽ(*゜∀゜*)ノ

こちら→  <まずはお詫びから> <Bursting at the Seams 1

       <Bursting at the Seams 2> <Bursting at the Seams 3

インターネットの良いところって、遠い場所に住んでいる色々な人とこういう自分が感動したことを、シェアできることですよね。

ということで、michiさんが書かれたこの記事を私なりに紹介させていただいて、訪れた皆々様と、どんどこシェアしていきたいと思います。(michiさんのブログを見ている人のほうが間違いなく多いと思いますが(^∀^)ゞ )

michiさんが紹介されていたのは「BBC Radio4」で放送された「Reith Lectures 2007」という番組です。これは年に一回、世界一流の学者さんが講義をしたものを放送する番組だそうです。

私も早速「BBC」のサイトをチェック。音声も原稿も手に入るのですが、第一印象は「うーーん、難しいかも」。でも何でも最初から無理だと思えば無理だけど、できると思えばできる!!(すごい強引)と思い直して、michiさんの記事を片手に講義の原稿を読んでみました。(でも正直むずかしかったです…o(TヘTo) )

以下、この番組を要約されましたmichiさんの記事をさらに私なりに要約したものとお考えください…。(自分の英語力のなさを痛感いたしました)

今回、講義をしたのは「Jeffery Sachs」。アメリカの経済学者で、「世界で最も影響力のある人物」の一人に選ばれたとか。(詳しくはこちら

原稿を読んだ感想としては、細部にわたる知識、その知識に振り回されない大きな流れを読む広い視野、それを支える暖かい心がバランスよく備わっている素晴らしい学者さんだなあ、と思いました。

彼、Jeffery Sachsは言います。(わたしの意訳です)

「たった一つの鍵だけで、平和のドアは開きません。限られた大国がよしとするようなご大層な魔法がかった公式なんて存在しません。真の平和はたくさんの国々のたくさんの行動が集まってつくられるのです」

今、この時代を生きている私たち。私たちが住む今の地球を彼はこう称しています。「Bursting at the Seams」 michiさんによると「袋にぎゅうぎゅうに詰められて、今にも縫い目が裂けそうになっている状態」のこと。

―― なるほど確かにそうですね(*^-^*)。地球は人があふれてパンパン。物があふれてパンパン。道路は車で、電車は通勤、通学する人でパンパン。情報があふれてパンパン。ストレスでみなさんの心はパンパン。うさを晴らすためにビール飲んで、おじさまたちのお腹はパンパン…。

混み混みの地球を生きる私たちですが、今を担う私たちに与えられた大きな課題があることを彼は示しています。

一つは「Anthropocene」。「地球の歴史上、かつてないほど地球に人の手が入っている」ということだとmichiさんはおしゃっています。人間が都合の良いように、欲望のままに、地球をつくりかえてきたということだと思います。例として中国が挙がっていました。近いうちに二酸化炭素の排出量が最も多い国になるだろうとのこと、そうなればヒマラヤの雪は溶け、それは黄河や揚子江の流れを変え、アジア全域の川へと影響は広がっていくというのです。そして一つの行為が、一つの影響を生むだけでなく、たくさんの影響を地球に与えていくことを付け加えています。

二つ目は「geo-politics」。「地理的な位置関係が政治、国際関係に与える影響を研究する学問」のことだそうです。確かに自分の住む国が地理的にどの場所にあるか、ということはその国の政治がどうなるのか、他国とどうつながっていくのか、を決める大きな要因になりそうです。例として挙がっていたのがアメリカ合衆国。アメリカが世界の中心、リーダーであることを疑っていない人は日本にもいることと思いますが、彼はそれを「fantasy」だと言っています。経済力をつけたインドや中国の世界における発言力が強まることを示唆しています。幻想を捨てて、新しい視点で地球を捉えていく必要があるのだと思います。

三つ目は「the weakest links」。michiさんはJeffery Sachsの言葉をこう伝えています。

「互いに結び合っているこの世界に生きる私たちは最も弱い立場にいる人たち ――貧しくて生きることができない人たちに―― 手を差し伸べる必要と責任があり、ひいてはそれが私たち自身の生存にも繋がるのです」

彼はさらにこう言っています。(わたしの意訳です)

「私達が安全だとどうやって思えるというのでしょう。その日を生きぬこうともがいている一億人の人たちを放っておいているのに。最も貧しい一億人の人たちが毎日、口にするものを得るために戦い、飲み水に含まれた死にに至る病原菌と戦い、マラリアをもたらす蚊と戦い、命を蝕む病気と闘っているというのに」

そして、彼はこれらの問題をひとりひとりが自分の問題として捉えようと呼びかけています。

―― 自分のちょっとした一つの行為が世界を、地球をつくっていく。だから個人個人がつながり合えるこの時代に、私達が本気で解決しようと思い、本気で行動すれば、地球は変えられる。私にはそういうメッセージが聞こえてきました。

彼、JeffreySachsは、本気です。私が一番心を打たれたのは、本気で地球を幸せなところにしようと考えている、彼の情熱だったように思います。(それだけ?って言わないでね)

自分はどうだか考えてみました。

私のアパートではゴミの分別がありません。「一緒くたに何でも捨てて! アメリカは何でこんなに無関心なんだろう!」と怒っていたけれど、そういう自分もみんなと同じようにゴミを一緒に捨てています。

「アメリカは冷房か暖房かどっちかいつもかかってるよね」とぼやいていたけれど、そういう自分もちょっと熱いと冷房を入れています。

友人が肌に優しいし、環境に良いと教えてくれた無添加石鹸を使っているくせに、食器洗剤や洗濯用洗剤は市販のものをそのまま使っています。

意識せずに、車に乗り、水を使い、電気を使い、ものを買います。

あなたは本気ですか?

本気でこの地球を変えたいと思っていますか?

Jeffrey Sachsさんの声が聞こえてきそうです。

彼は次回からの講義で、新しい政治、新しい課題の解決法、新しい個々のつながりをきっともっと深く掘り下げて話してくれるだろうと思います。

素晴らしい記事を書いてくださり、この講義内容を紹介してくださったmichiさんに感謝したいと思います。ありがとうございました。

最後に私の好きなマザー・テレサの言葉を紹介したいと思います。

「わたしたちのすることは大海のたった一滴の水かもしれません。

でもその一滴の水があつまって大海となるのです」

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Persepolis

私が時折チェックしている、英語圏のブログやサイトで話題になっていたこの本。表紙の女の子に一目ぼれをして思わず購入してしまいました。

Persepolis: The Story of a Childhood Book Persepolis: The Story of a Childhood

著者:Marjane Satrapi
販売元:Pantheon Books
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ページ数: 160ページ

作品区分: その他

この作品は、作者自身のイランで過ごした子供時代の回想記で、漫画です。今回はあらすじを書くより、作者自身が過ごしたイランという国がどんな風だったかについて説明したほうが、よりこの本の良さが分かってもらえるかなあと思います。少し漢字の多い黒々とした文章が続きますが、どうかおつきあいくださいねヽ(*゜∀゜*)ノ (以下「Wikipedia」を参考にしました)

1908年にイランで「石油」が発見されて以来、周りの国々は石油をねらって画策を続けていました。そんな国々の一つ、英国の援助によって、レザー・シャーが即位し、イランの近代化がはじまったと言われています。しかし彼は英国の立場をじょじょに弱めていく方向へ動いたため、英国により強制退位させられ、その子、モハンメド・レザー・シャーが後を継ぐことになります。

1951年には民族主義者であるモハンメド・モサッデグが首相に選ばれたにもかかわらず、数日後にはCIAとアメリカ政府の画策によってシャーが復位するなど、イランは石油を狙う国々に振り回されることとなります。このときシャーは見返りとして、米40%、英40%等、他国へ石油の利益を譲渡する、という契約にサインしています。

こんなんで、国が安定するわけがありませんね。(´-ω-`)

SAVAK(国家情報安全機関)と呼ばれる秘密警察は反政治活動をしたことを理由に、当時大勢の国民を殺しました。このSAVAKを含めた政治に対する不満が、国の背後に立つアメリカや西欧文化に対する反感へとつながっていったとも考えられています。人々の不満はつのり、ついに「イスラム革命」が起こり、1979年ホメイニーが最高指導者としてその座を獲得します。

けれど左に大きくふれた振り子は今度は右に大きくふれることとなります(。・o・。)ノ

新政府は非常に保守的で、西欧文化は禁止され、国の徹底的なイスラム化が断行されました。同じ年に「アメリカ大使館占拠事件」が起き、合衆国との国交は断絶。1980年「イラン・イラク戦争」が始まります。この戦争でイスラム革命をくいとめたいアメリカ、欧州諸国はイラクを支援します。ソ連もまた革命の火が国内へ飛火することを恐れて、イラクを支援しています。孤立したイランはこの戦争で武器の調達のため、北朝鮮に急速に接近したと言われています。この戦争は、8年間も続きました。

―― 長くなりましたが、こんな時代のイランで暮らす女の子の物語です。

作家について

作家「Marjane Satrapi」は1969年にイランで生まれ、少女時代を首都テヘランで過ごす。ウィーンへ留学したのち、フランスで「illustration」の勉強をする。本作品は2007年にアニメ映画化が決まっている。英語版では続編「Persepolis2」が出版されている。

作者のサイトはこちら

「Persepolis」映画のサイトはこちら

感想

素朴でシンプルなイラストと心にしみいる言葉で彼女の少女時代がつづられています。主人公の少女が大人っぽくて深い洞察力に満ちているのは、困難な時代をすごしたこともありますが、彼女自身が吸収し、考え、行動する素晴らしい人間性を持った女の子であったことも大きいのではないかと感じました。

上に書かせてもらったイランについての説明を読んでいただければ分かってもらえると思いますが、決して明るく幸せな状況下での話ではありません。

だけどなぜか全編に漂うおかしさ、ユーモア。

内容はあまり話したくはないのですが、少しだけ。

刑務所でひどい拷問を何年も受けてきた知り合いの人たちは、解放されたあと、まるで家の近くで自動車が衝突した事件を分析するみたいに、淡々と拷問の方法について話します。

主人公の少女は、それを聞いてありとあらゆる拷問を友達とためしに考え出してみます。ゴミを口いっぱいにほおばる、腕をねじってみる…

最近思うのですが、倒れそうになった人を最後に救うのは、鳥にでもなったつもりで自分を空から見てみて、それを「笑い」に変えてしまうような、そんな力なのかもしれません。

それでもやはりこれは、悲しく、重たい物語です。

最後のページの絵と下に書かれた短い一文を、私は忘れることができません。

絵の力を借りてぐんぐん読み進めることができました。漫画が苦手だという方、どうか敬遠しないで手にとってみてください。これは素晴らしい「本」です!!

最後に冒頭の作者の言葉を引用したいと思います。

I also don't want those Iranians who lost their lives in prisons defending freedom, who died in the war against Ilaq, who suffered under various repressive regimes, or who were forced to leave their families and flee their homeland to be forgotten.

One can forgive but one should never forget.

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ご冥福をお祈りいたします

日本でもすでに報道されていることと思いますが、アメリカ、バージニア州のバージニア工科大学で32人が亡くなるという銃の乱射事件が起きました。

亡くなった方々のご冥福を心より祈るとともに、助かった学生さんのこれからの人生が、どうか幸せに包まれるものとなりますように心から祈っております。

世界では、国を越えて、たくさんの人が、一生懸命に毎日暮らしています。胸の痛む悲惨な事件が起こりましたが、他国の地で、前を向いて必死で歩き続けているたくさんの人を思いながら、私も笑顔を忘れずに日々を生きていこうと思います。

待ちに待った…

最近、どうも読書に集中できません。読みかけの洋書を閉じたり、開いたり。ふだんからボーっとしている私ですが、このところ更に輪をかけてボーーーーっとしています。

そうです、待ちに待った「夏休みヾ(@^▽^@)ノ」が始まりま~す!

実は私の夫は学生なのです。こちらは9月から新学期がスタートしますので、夏休みは宿題ゼロ!!よっしゃ、あーそーぶーぞー☆(私のほうが気合入りまくり)

そういうわけで、宿題ゼロ(夫が)の夏休みに何して遊ぼうか、想像するのに忙しく(?)気がつくと、別の世界に行ってしまってるわけです。

それにしてもこの一年の夫を見ていると、脱帽の一言。大きくて、分厚い(そしてなぜあんなに重たい?)テキストに書かれている内容も難しすぎて私には理解不能ですが、山積みのそれらを英語で読み、英語の講義を受け、英語でディスカッションし、英語でレポートをまとめる。そしてそのペースについていくために充血した目で毎日机にかじりついています。同い年の私たち夫婦、夫の睡眠時間は私の昼寝の時間と同じですが、脳のしわの数はかなり違いそうです。

前にもちょっと書いたんですが、彼はわりと外交的な性格で、学校が催すスポーツ大会や講演会などにも、労を惜しまず顔を出します。(私なら英語だし、疲れるし、家でゆっくりしているでしょう)授業でも前のほうの席に座って分からないところは質問したり、教授に個人的にコンタクトをとったり。(私ならさっさと家に帰って日本人の友達に訊いちゃうだろうし、教室では指されるのがこわくて、後ろのほうに座っちゃうかも(´-ω-`))

夫の様子から、楽しいだけの毎日でないのはよく分かります。英語がそれほどできるわけではないので、きっと恥ずかしい思いをしたり、傷ついた日もあったとは思いますが、それでもどんどん経験値をあげて向上したいという姿勢には、ほんとう脱帽!の一言です。

まあ、夫に言わせると「もっと勉強をがんばっている人やもっと色々なところに飛びこんでいく人は他にいっぱいいる」とのこと。アメリカの、いや世界中の学生さん、みなさん素晴らしいです!ヽ(^◇^*)/ 

あれれ? 話がずいぶんそれてしまいました。そうそう「夏休み♪」の話でした。せっかくの長期の休みですから、やっぱりどこか違う国へ行きたいなー(と独り言)

ただ今<michiさんのブログ>や<Dillさんのブログ>で憧れつのる、イギリス&アイルランドへの旅行を計画中!(独りで計画中!)改めてお二人のブログをバックナンバーまでさかのぼり、色々拝見しようと思っています!(*^-^*)(ちょっとこわいか)

ここで久しぶりに夫を誉めているのを察知したのか、だんな登場。

夫よ、本当におつかれさまでございました。夏休みにはパーっと、どこか旅行にいきませう!!

「あのさ、Final Examまだ終わってないんだけど……。」

……。 

あははは、ちょーっと気が早すぎたみたいです。まだ四月だもんねー。

贅沢な悩みと言われるかもしれませんが、のほほんと暮らしている私でも、泣きたい日もあるし、何にもする気が起きない日もあります。けれど、日本にいたら素通りするようなたくさんのことに気づけただけでも、アメリカで暮らせて幸せだなあと思います!

夏休みまで少し気を落ち着けて、また本の世界に浸りたいと思います。ヾ(´▽`*;)ゝ"

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Wise Blood

遅々として進まない「聖書」を前に(詳しくはこちら)むくむくと沸いてくる疑問(´-ω-`)

「聖書」の何が多くの人をひきつけるのでしょうか。たくさんの人が、どんなきっかけで、この本を携えて生きていこうと決めたのでしょうか。この本と共に人生を歩んでいる人は、私とどんな風に違うのでしょう。人生を捉える彼らのまなざしは私の視点と、何が違うのでしょうか。

そんな疑問を持ちながら、インターネットで検索していたら、この本に出会いました。

Wise Blood Book Wise Blood

著者:Flannery O'Connor
販売元:Farrar Straus & Giroux
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ページ数: 232ページ

作品区分: 文学

Hazel Motesは故郷をあとにして「今までやったことのない新しい何かをする」ために汽車にゆられていた。

Motesが18歳のとき軍隊に召集された。彼の父親も祖父も「牧師」だったから、Motesも「牧師」になりたかったし、自分のsoulを政府や戦地に売り飛ばすつもりなどなかった。彼はたった一冊の本「聖書」だけを持って戦地に赴いた。戦地で彼は傷を負い、その傷が癒えぬ前に次の戦地へ送られた。soulなど存在しないことがだんだん分かってきた。「聖書」を読んだけれど、それは「Jesus」とは関係なくて、ただ家を思い出させてくれるからだけだと気がついた。

兵役が終わって、家に戻ってみると、そこには荒れた空き家があるだけだった。何もないし、誰もいなかった。Motesは「Jesus」を捨てることに決めた。

新しい町でMotesは、目の見えない牧師「Hawk」とその娘「Lily」に会う。「Jesusなんていない」と主張するMotesに、Hawkは宣教用のビラを渡し、これを道行く人に配りながら自分の懺悔を人々に告白するように促す。

「Jesusは君を愛しているよ」Hawkにそう言われて、かっとなったMotesはみなに演説をする。「私はキリストのいない教会を設立します!」

一方、自分には「Wise Blood」が流れていると信じている若者「Enoch Emery」は、Motesと出会って確信していた。目的は分からないし、根拠もないが、Wise BloodはMotesこそが、長い間自分が待ち望んできた人物であると告げたからだ。

―― 果たして、Motesは「Jesus」から自由になれるのか。 Emeryの「wise blood」は彼にどんな人生を歩ませるのか。 「Jesus」を信じてきた男が「Jesus」を捨てようともがく、おかしくも悲しい物語。

作家について

フラナリー・オコナーは、1925年にアメリカジョージア州で生まれる。彼女が16歳のとき「紅斑性狼瘡」という難病で父親を失い、自身も同じ病により39歳で亡くなる。カトリック教信者であり、発病後もアメリカ国内を回り活動を行った。二つの長編小説と数々の短編を残し、その作品は,「southern gothic」のジャンルに属すると評されている。アメリカでは今もなお評価の高い作家の一人である。

→ 詳しくはこちらのHPで

感想

冒頭の「Author's Note」で作家自身はこの作品を「Comic novel」だとしています。けれど、この小説にこめられたユーモアは、ドジな主人公が大失敗をして、思わずふきだしてしまった、という類のものではありません。

残酷な行為を感情的に語り、怒りを激しい言葉で吐き出し、悲しみを涙でつづるより、それを「笑い」に変えたほうが、人により伝わるときがあります。「笑い」は、物事を少しつきはなして客観的にとらえることだからです。そんなユーモアで語られるこの作品もまた、登場人物の人生が悲惨なほど滑稽で、滑稽なほど悲しみが胸をうちます。

その特徴を表すかのように、物語は三人称で進みます。一人称に比べて、ぐっと視点が遠ざかります。少し上から眺めて記されるこの物語は、だからこそ、人の営みの愚かさと素晴らしさをより強く心に届けられているように思います。

これは「Jesus」を望み、信じてきた男が「Jesus」を捨て、自由になりたいともがく物語です。

しかしこのJesusが入っている「カギ括弧」のなかには、どんな言葉もあてはまることに気づかされます。

ある人にとってはそれは「お金」であるかもしれないし、

「恋愛」であったり「名誉」であったりするかもしれません。

「ある人から言われた言葉」や、

「ある人の顔」が浮かぶ人もいるかもしれません。

何かを強く望むことと、何かを強く否定することは、同じなのかもしれませんね。

作者は人間というものが、そのもがきの中で光を見出せると心の底では信じているように私は思いました。もちろん明るさに満ちた作品とは言えません。

けれど、真昼より闇夜のほうがろうそくの炎が明るく見えるように、救いのない暴力やヘドロのような悪意を描くことで、その奥でゆらめく小さな光をより輝かせたかったのかもしれないなあと感じました。

翻訳書はこちら→ 賢い血

フラナリー・オコナーは発病した後に、本格的に小説を書き始めました。二つの長編小説と数々の短編を残し、アメリカでは現在もなお評価の高い作家の一人です。彼女は発病後、農園の一軒家で暮らしていました。宗教活動等でアメリカ国内には多少出かけましたが、ほとんどの日々をこの家で過ごしました。発病から亡くなるまでの13年間、親しく会話をする人間は母親一人だったそうです。

世界中を旅していなくても、数え切れないほどの多くの友達がいなくても、人は心のなかに深遠な美しい宇宙を持つことができることを証明してくれたように思います。

最後に一言だけ。彼女の母親「Regina Cline O'Connor」は99歳で1997年に亡くなりました。夫を看取り、娘を看取り、99年間を生き切った彼女の心にもまた、光に満ちた静かな風景が広がっていたことを、私は信じたいと思います。

"I'm sick!"he called. "I can't be closed up in this thing. Get me out!"  the porter stood watching him and didn't move.

"Jesus," Haze said, "Jesus."

the porter didn't move. "Jesus been a long time gone," he said in a sour triumphant voice.

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「深読み」への道(その三)

今回の「深読み」への道は、その三!と記しているくせに、今は実行できていないことです。けれど傾いたやじろべえを元に戻すべく、自戒をこめてこの記事を書こうと思いたちました。

逆説的だと思われるかもしれませんが、「もっと深く、ちゃんと英語の本を読める」ようになるには、たくさん読むことも必要だと私は考えています。

同じことをもう一度書いちゃいますが、洋書をたくさん読むことも、洋書を深く読めるようになるためには必要だと、私は考えております。

多読」という言葉があります。私はそういう英語の学習法があることを<雫さんのブログ>や<リウマチばあちゃんさんのブログ>で知りました。そういうわけで「多読」を知ったのは恥ずかしながら最近なのですが、自分の英語力より少し易しい本、特に子供向けの洋書をたくさん読んでいた時期があって、もしかしたらそれも「多読」のうちに入るのではないかなあ、と思いました。

「shame on you!」。辞書には「恥を知れ!」と出ています。何だか強い言葉だし、人から言われたらちょっと忘れられないなあと思いますが、ある洋書(題名が思い出せないのですが…)を読んでいたら、お母さんが悪さをした子供に「shame on you!」と言っている場面がありました。親が子供に「恥を知れ!」なんて言わないですよね。何例か目にするうちに、こんな風にあまり深刻でない場面で「まあ、あきれた!」みたいな感じで使われることもあるんだなあ、と分かってきました。お母さんが、腰に手をあてて、もう一方で人差し指をふりながら、お説教している姿が目に浮かんでくるようです。

本をたくさん読むと、言葉の使われ方、ニュアンスが身についてきます。辞書を丹念に調べれば、もちろん単語の意味は分かると思いますが、もっと感覚的なもの ――なんといえばいいのか、どういう場面でどんな雰囲気でその言葉が使われるのか、というようなこと―― が分かってきて、それは「深読み」につながっていくと私は思います。

さて、今回この記事を書くにあたって、「多読で学ぶSSS英語学習法」のサイトを訪問しました。そこで思わずにっこりしてしまう用語に出会いました。「シマウマ読み」(これは日本語の本と英語の本を交互に読んでいく方法だそうです)。私も日本にいたとき、特にファンタジーなどでよくやっていました!そして「パンダ読み」(難しい本が読めるようになっても、平行して易しい本を読む方法だそうです)。私は今、少し背伸びをしたレベルの本ばかり読んでいるような気がします。「パンダ読み」ができればいいなあ(*゚▽゚*)

話はかなりずれますが、こちらのサイトを拝見してとっても暖かい気持ちになりました。(たった一回だけの訪問でこんな風に言うのは僭越ですが…) 自分が楽しい!良いな!と思った情報を出し惜しみせずにどんどんシェアしていこう、という姿勢がつらぬかれています。「こうでなければならない」というような杓子定規な考えに固執することがありません。上に紹介させていただいた用語でも分かるように、ひとくちに「多読」といっても色々な読み方で洋書を楽しんでいる雰囲気が伝わってきます。そういえば<雫さん>も<リウマチばあちゃんさん>も、洋書の読み方はこうあるべきだ、というようなことを主張されたことはないように思います。「多読」にこだわらず、自分にとって良い読書の方法や情報は、どんどん提供されているけれど、それと同時に他の人がそれぞれ持つ考えも尊重しているように感じます。その懐の深さに、私もついついまめに訪れてしまっています。(*^^*)

―― 私も、心から洋書を楽しみたい、そのために「深読み」っていう目標を掲げたんだっけ。「聖書」について知ることも、「文法」を学ぶことも、そして自分の力より少し易しい英語の本をたくさん読むことも、洋書を楽しむためにやろうとしてるんだった…

自分が情熱を感じるもともとの根っこを思い出させてくれました。ヽ(*゜∀゜*)ノ 

これはやってよくてこれはダメ、というように決められた答えは一つなのではなく、「自分の心」がやりたいと思うことを、自分で決めて、やればいいんですよね! というわけで、始めに気になっていた「まだ実行できていない」という件、あんまり気にしなくなっちゃいました(´-ω-`)(いいのか…) 全部いっぺんには無理なので、まあ、その時期になったら、やりたくなるでしょう!(´-ω-`)(それでいいのか…)

なんだか行動が伴わない意見だけの記事になってしまいました。でも自分の初心を確認できたので、良しとしたいと思います!(本当にそれでいいのか…)

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