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人にあたる?人に酔う?

週に一度、英語を学んでいる人たちが集まる「英会話の集い(?)」のようなものに顔を出しています。今回はその仲間たちと、ジョージア州はアトランタ、ダウンタウンへ出かけました。

いつもこのブログでジョージアでの生活を紹介したいなあ、と思いつつ、出来ずにいた私。実は写真を撮るのが下手だし、あまり思い入れがなく、ほとんど見返したり整理したりしないタイプなのです…。うちの写真係はもっぱら夫が担当。

しかし今回は単独で出かけましたので

「このわたくしが写真をとってまいりました!!」

アトランタといえば、「CNN」と「コカ・コーラ」の本社がありまして、観光客(といっても少ないですが)のみなさまが大喜びの写真スポットとなっております。私も撮ってきましたよー!

「CNN」では、ヴェトナム出身の男の子が命知らずにも私に写真を撮ってくれ、と頼んできました。ふふふふ(* ̄ー ̄*) もちろん快くシャッターを押した私。彼は「サンキュー、サンキュー」と写真のできばえを確認。

技術が進歩しちゃって、最近のデジカメは撮ったそばから、写り具合を確認できちゃうからね。フィルム時代がなつかしーわー。

なんて思っていると、彼が私にこう言いました。「この写真は良くない。もう一回撮り直してくれないか」

やっぱり(´-ω-`)……。私の写真下手は万国共通だったのだわ。もう一枚撮ったけれど、彼の渋い表情は変わらず。結局その彼、違う人に同じスポットでとってもらっていました。

夫曰く「天才的な下手さ」という私のカメラの腕。でも、一枚も撮らないよりはましでしょーってことでこちら。

Apart_downtown_031_1 Apart_downtown_002

………。 ま、とりあえず、「どちらがどっちか」は分かりますね(^∀^)ゞ

さて、わいわいがやがや仲間たちと楽しい時間を過ごしたあと。こういうとき、家に帰るとたいてい私は、興奮して夫にずっとべらべらしゃべっているか、「つかれたー」とか何とかぶちぶち言って家事を手抜きして早めに寝てしまうか…。とにかく「夏の暑さにあたる」「生牡蠣にあたる」かのごとく、「人にあたった」状態になってしまうようです。「人にあたる」という表現はちょっと違うかなあ。「人に酔う」? テンションは高いのですが、同時に気も使ったので少し疲れているという感じでしょうか。

単に英語で話すことで疲れたからなのでは? と思ったのですが、夫に言わせると、日本でも同じ状態になっていたとのこと。私は、初めて会う人や大勢の人たち(といっても、3人以上くらい)と長時間一緒にいると、遠足の後に興奮さめやらぬ不安定な子供みたいになるんだそうです。夫に迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、

私、こう見えても(どう見えているのか?)独身時代は、たくさんの人と毎日顔合わせて仕事していたんです。自分ではいたって安定した心の状態だと思っていたけれど…

でも毎日寝に帰るだけの生活に精一杯で、周りが見えていなかっただけで、もしかして両親や周囲の人に迷惑をかけていたのかも。(´_`。)

人とかかわることで励まされたり、喜びが生まれるのが人生ですが、一人きりで心からくつろいでリラックスする時間も大切にしたいと思う今日この頃です。一人でいると時に孤独を感じるけれど、孤独だと思うとまた人との出会いを有り難いと思えますものね。たくさんの人と知り合えなくてもいいから、たとえ数は少なくても、深くつきあいたいと思える人との出会いを大切にしてゆきたいと思っています。(*゚▽゚*)

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「深読み」への道(その二)

わたくしの現在のいちばんの目標は「もっと深く、ちゃんと英語の本を読みたい」でございます。(。・o・。)ノ

…というわけで、名づけて「深読み」プロジェクトなるものが、亀よりも遅いスピードで進行しております。

今回は、長く険しい「深読み」への道(その二)をお届けしたいと思います。

恥ずかしながら、今回は洋書をお読みなられる方、このブログをご覧になっていただいている皆々さまにとっては「何をいまさら」(* ̄ー ̄*)フフッ とお思いになるレベルの話だと思います。しかし、私にとっては「いまだに…」(´_`。)グスン というのが今回のお題目。

この言葉の持つ、文鎮みたいな重たさといったら…

この言葉の持つ、深緑色の黒板を思い出す堅苦しさといったら…

そうです、そうなんです、これ以上気づかないふりはできない、

「文法」!!!     です。

私はじっくり本を読んでいるつもりでいますが、時として自分が想像した本の世界が勝手に作り上げられ、膨れ上がり、その世界にあまりにも浸りきってしまうことがあります。それこそが「読書」の楽しみではあると思うのですが、以前、何冊か洋書と訳書を読み合わせていったとき、自分の完全な思い違いで文章を捉えていたことがありました。「誤読」です。

自分の想像力にまかせて本の世界を楽しむには、英文の正確な読解力が条件にあることは言うまでもありません。一度しっかりと総ざらいしなくちゃいけないなあ、と思いながら、避けて避けて、遠回りしてでも避けてきたのが「文法」です。

……… だって、好きじゃないんだもん。(´-ω-`)(ゴメンナサイ)

ジョージアに移ってくるまえに、今度こそふんばって勉強しよう、と日本の本屋さんで平積みしてあったテキストを何冊か買って持ってきましたが、そのうち「文法」と聞いただけで尻込みしていた私でも出来そうな本があったので、紹介させていただきたいと思います。

英語ベーシック教本―ゼロからわかる 英語ベーシック教本―ゼロからわかる

著者:薬袋 善郎
販売元:研究社
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英語リーディング教本―基本からわかる 英語リーディング教本―基本からわかる

著者:薬袋 善郎
販売元:研究社出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「Frame Of Reference」(英語構文の判断枠組み)なる手法を提唱されている薬袋先生の本です。英文を分解して読んでいくやり方ですね。正直、最初はちょっとばかり理屈っぽくて、とっつきにくかったのですが、慣れたらパズルを解いてるみたいで面白い!(*^-^*)二冊目に入っていますが、自分の知識を確認し、整理するという意味で私には効果がありました。ただ、好みは分かれると思います。

そして、まだ読み始めたばかりですが「時間がかかるだろうけれど、これは勉強になりそう」ヽ(*゜∀゜*)ノ という予感がしているのがこちら。

発信型英語スーパーレベルライティング―日本人学習者の弱点を克服する技術とトレーニング  読み終わったら、またどんなだったかご報告したいと思います。

話は飛びますが、アメリカで暮らして、言葉が違うことで、人と分かりあうことの難しさを感じることがあります。けれど、その難しさがコミュニケーションの醍醐味なのだと私は思っています。相手を分かりたいと懸命に働きかけること(自分を分かってもらおうと表現の限りをつくすこと)が、「思いやり」につながり、「想像力」を培い、人の器を広げていくものだと考えているからです。そして、それは人間が、本を、音楽を、映画を、絵画を、さまざまなものを生み出してきた原動力の一つなのだと思います。

英語の本を読むとき、自分の心のフィルターに通す前にしなければいけないことが、たくさんあるように思います。

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The Book of Illusions

久しぶりの読書、ページをめくる喜びをひしひしと感じています。今年一冊目の洋書はこちら。

The Book of Illusions: A Novel Book The Book of Illusions: A Novel

著者:Paul Auster
販売元:Picador USA
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ページ数: 321ページ

作品区分: 文学

「何ヶ月ぶりだろう」冬の初め、Davidは久しぶりに自分が笑ったのに気がついた。

今年の六月、ちょうど10年目の結婚記念日の一週間前に、Davidは妻と二人の息子を飛行機事故で失った。深い悲しみから立ち直れず、酒を飲むか、テレビを見るか、家をただ歩き回って、時をやり過ごしていた。

いつものように、眠れない夜を酒でごまかしながら、テレビのチャンネルを切り替えていると、ふと一つの無声映画が目に止まった。そして、Hector Manという男が主演しているその映画にDavidは久しぶりに声を出して笑ったのだ。

Hector Manは死んだ、と誰もが思っていた。彼は12の映画を残し、ある日突然姿を消した。痕跡はなく、手がかりは得られず、その日をさかいに、彼の姿はこの世から忽然と消えてしまった。Hector Manの映画が気に入ったDavidは、彼の映画についての本を書くことにする。本当の理由は、家族を失った深い悲しみを忘れる他の何かに集中したかったからだった。

本が出版された後、Davidのもとに奇妙な手紙が届く。「Hector Manがあなたに会いたがっている」という彼の夫人からのものだった。Davidはこの手紙が本当かどうか疑わしいこともあり、本気でとりあわなかった。しかし、ある雨の夜、ひとりの女性がDavidの家にやってくる。左の頬に大きなあざのある彼女の名前はAlma。Almaは「私と一緒にHectorに会いにいってほしい」と言う。彼女と一緒に向かった飛行機のなかで、AlmaはDavidにHector Manの謎について語りはじめる。

―― Hectorは本当に生きているのか、いったいなぜDavidに会いたがっているのか。DavidはHectorをめぐる物語に少しずつ巻き込まれてゆく…

作家について

ポール・オースターはニュージャージーで生まれた。「ニューヨーク三部作」(シティ・オブ・グラス、幽霊たち、鍵のかかった部屋)が高く評価される。映画にも興味を持ち、いくつかの脚本も手がけている。本作品は彼の10作目。妻で作家のシリ・ハストヴェットとともに、ブルックリンに在住。

感想

ポール・オースターをご存知の方は多いのではないでしょうか。数々の素晴らしい英米小説をおくりこんでいる、名翻訳家の柴田 元幸さんが彼の作品を訳していらっしゃることもあって、日本でも人気があるようです。そして、言わずもがな、この作品も素晴らしいものでした。特に最後の100ページは圧巻。これを読むために今までの物語があったのだと、ため息が出ます。

家族を失い、悲しみにくれるDavidの一人称で物語は進んでゆきます。決して明るくないトーンで一定のリズムを刻むように、文章が流れてゆきます。声高に何かを主張するような物語ではないにもかかわらず、強くゆさぶられるものが行間に隠れているのを感じます。

死んだように生きていたDavid、酒におぼれ、人と会わず、家に閉じこもって、この世から姿を消したHectorの本を書き続けます。それも、悲しみを忘れるために他の何かに集中したくて、目の前の時間を一秒でも埋めていくために…

Once you were on the other side of one of those holes, you were free of your self, free of your life, free of your death, free of everything that belonged to you.

Davidの言葉から引用しました。

彼はしかし、結局この世界に踏みとどまることになります。

お酒でまぎらわさなければ、夜を越えられない日々。ふと何かの拍子に失った人を鮮明に思い出してしまって、涙が止まらなくなる日々。

しかし声を殺して泣く夜は、生きていなければ体験できません。

そして大切な人を思い出すことも、生きていなければできないのです。

やがて、錆びついた大きな鉄の滑車が鈍い音をたてて少しずつ少しずつ回り始めるように、Davidの人生もゆっくりと動きはじめます。

生きてゆくこと、生き続けてゆくことの、何と奥深く、奇跡に満ちたことなのでしょう。大切な何かを失くしながら、重たい荷物をひきずりながら、たまには互いに励ましあって、とにかく生き続けていきたいと、そう言える自分でいたいと思わされる作品でした。

最後に、この本の存在を教えてくれた友人に感謝したいと思います。

さて、

先日、英語と日本語のエクスチェンジをする機会がありました。私の相手は韓国人で大学生の女の子。母国語であるハングルはもちろん、高校のときにアメリカに留学して英語はペラペラ。さらに日本語も「今は敬語を習っています」とのことで、なかなかのもの。しかも、彼女の専攻は二つあって(double majorというのだそうで)「経済」と「音楽」(ピアノ)だそうです。

まさに、天は二物を「与えてしまった」と言うべき、才能豊かな女の子でした。こういう人に会うと何だか大きなエネルギーをもらうようで、とても嬉しいですね。私も少しはあやかりたいものです。ヽ(*゜∀゜*)ノ

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